憂きまど

タイトルは「憂き事のまどろむ程は忘られて覚むれば夢の心地こそすれ」より。某大学国文学修士の人が趣味丸出しでおくる、アニメや小説の感想を中心になんでも。超気まぐれ更新。読んだ本はこちら→https://bookmeter.com/users/337037 Twitterは→@konamijin

擬人化と昔の猿蟹合戦は面白いという話―蟹味噌を取られる蟹

 久しぶりにまじめな、文学的な話である。昨日、こんな記事が話題になっていた。

mag.japaaan.com

 動物の擬人化、いわゆる異類合戦物と呼ばれるものである。彩色もしっかりとなされている絵だ。こうした異類合戦物については、面白い研究があるので紹介しておきたい。なお、参考文献は一番最後に載せておく。正規の示し方ではないが、これは論文ではないのであしからず。今どきは某偽史倭人伝と同じような批判を受けないためにも、しっかり載せておくべきであろう。

 

「異類合戦物は中世後期に軍記物語のパロディとして生まれた。もちろん、その前提として、現実世界において異類同士の戦いを珍事として見聞することがあった。たとえば蛙の群婚を蛙の社会での合戦と認識し、見物する人々は古代から存在した。これら現実世界の生き物たちの行動に対する関心が軍記の叙述と結びつくことで、異類合戦物が成立したと考えたい。」

 

 さて、わが国では昔から現代に至るまで、擬人化という手法が盛んである。近世、江戸時代には「辞闘戦新根(ことばたたかいあたらしいのね)」という本が、当時の洒落言葉を擬人化するという新しい試みを行った。洒落言葉とは、例えば「大木の切口ふといの根」(ふとい、とんでもない、ふてえ野郎だ)「とんだ茶釜」(驚いた)などの変わった言い回しである。そんな言葉たちが擬人化され、こう言う。「我々は草双紙に出て多くの人に名を知られるようになった。我々は草双紙の氏神のような存在であるので、画工や草紙屋、板木屋などは自分たちを崇めるべきである。それなのに彼らは茶の一杯も飲ませることはない。この春は珍しい化け方をして、職人共に思い知らせてやる」と怒った彼らは、本当に実行をするという筋書きである。動物でも物体でもないものを擬人化する発想は面白い。

 そして現代では、艦隊これくしょん刀剣乱舞など、元々は生物ではないものの美少女化・イケメン化がなされ、大人気となっている。特に刀剣乱舞は元になった実際の刀剣を展覧会などに見に行くという人も多く、私の知る某先生が、今どきは刀を見て悲鳴を上げる女性がいると話題にしていたことを覚えている。地域振興に大活躍のゆるキャラも、擬人化の一つだ。

 そんな擬人化だが、いざ絵にしてみると、いくつかの表現方法があることが分かる。田口文哉氏が「動物、変装、変身」の三つに分け、そこから更に水谷亜希氏が「本来の姿、合成的姿、人間の姿」という呼称を使用した。簡単に言うと、以下の通りである。これ以降の考察でも、この数字で説明する。合わせて、「お面型」と呼ばれる擬人化については後述する。実物を見てもらってからの方が説明しやすいからである。

 

1、動物・物体そのままの姿でしゃべったりする

2、本来は二足歩行をしない動物なども服を着てしゃべったりする、頭部などが元の動物そのままの姿である

3、動物的要素がなく、美少女・イケメンなど完全に人間の姿として擬人化されている

 

 1はよくある桃太郎の絵本を思い浮かべてみればよい。犬や猿、雉は動物そのままの姿で描かれている場合が多いだろう。それなのに、桃太郎ときび団子のやり取りをしたり、人間と意思疎通が可能である。そして、鬼との戦いでは雉がくちばしで目を突いたり、それぞれの動物的特徴を生かして戦う。そのままの姿であっても、これも「擬人化」と呼べるのだ。

 2は最初に紹介した記事の絵があてはまる。いずれも動物が擬人化されており、着物を着て人間風には描かれているが、頭部が元の動物そのままである。

 3は艦これや刀剣乱舞など、現在でも人気の擬人化コンテンツの多くが当てはまる。美少女化・イケメン化をすると、元になった事物の原型はなくなるが、体に軍艦的パーツを装備させたりといった要素を残そうとする場合もある。

 

 さて、今回は擬人化の面白さについて、誰もがよく知る『猿蟹合戦』を例に挙げて紹介してみよう。同じ題材であっても、擬人化の方法が異なっているという場合があるのである。近世の子供向けの絵本の中の、蟹が猿を懲らしめる場面を取り上げていきたい。

 

①『猿蟹合戦』

 最初に取り上げるのは赤本(受験のアレではなく、表紙が赤かったのでそう呼ばれる)の『猿蟹合戦』である。最初にこの絵を見ていただきたい。

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 順番に説明しよう。猿は動物そのままの姿(1)で描かれているが、これ以前の描写では着物を着て人間のようにふるまっていた。ここだけ、裸で元々の猿の姿での描写である。猿を懲らしめるべく、まず、卵がはねる。右上の丸から線が放出されているのがそれだ。昔の『猿蟹合戦』には、卵が登場することがある。こちらも1であろうか。我々がよく知る猿蟹合戦では、この役目は囲炉裏で熱された栗であろう。しかし、当時は卵なのである。意思を持って猿を攻撃している。そして糠味噌桶(右下)の方へ逃げた猿に対して、包丁が襲いかかりまな箸が突く。包丁は頭そのものが包丁の形をしており、顔がそこに描かれた2の形態である。まな箸は猿の足に突き刺さっており、これは1であろうか。続いて熊ん蜂(左下)と蛇(猿の足にいる)が襲い掛かる。蛇は巻き付く、蜂は刺すというその生き物ならではの攻撃をしている。どちらも1の形態である。続けて、手杵(臼の上)が猿の頭を打つ。次に猿は荒布(樽の隣の黒い線)で滑って転ぶ。これも1の形態だ。水瀬いのりさんが、町民集会夜の部でスタッフが描いた猿蟹合戦の絵の臼を「餅巾着?昆布?」と言っていたが、このように昆布が登場する猿蟹合戦は存在するのである(※町民集会でそう呼ばれていた絵は、どう見ても臼であった)。最後に、立臼が猿をとり押さえる。これは顔が臼だが体は人間という2の形態だ。左上では、蟹が少し離れた場所からその様子を見ている。ここでは人間の頭の上に蟹が乗っているという擬人化がなされている。これはお面型と呼ぶのが適しているが、1と3の折衷のような形であると言えようか。

 そこに、これまで猿に眷属を干し蛸にされていたことを恨んでいたタコが現れ、焼いたごぼうを猿の尻に押し付けた。タコは、頭そのものがタコだが体は人間の2の形態で描かれている。ちなみにこのタコ、「蛸の芋掘」という名前である。昔からタコが陸に上がって芋を掘るという話は存在しており、何より鴨葱と同様、タコと芋は料理としての相性もいいようである。

 この『猿蟹合戦』はストーリーも特殊である。ざっと説明しよう。まず竜宮より帰った猿(猿蔵という名前)が、水中で漆にかぶれたため医者に診てもらっているという語りから始まる。医者はこの痛みには膏薬もいいが蟹の味噌が最も良いと話し、他の薬なども出す。当時は蟹の味噌は薬効があると考えられていたようである。ただのおいしいものという扱いではなかった。その猿蔵の息子の猿平は、親のために蟹の味噌を探し求める。すると、蟹蔵が柿を取れずに困っていた。猿平は代わりに木に登って取ってやるふりをし、柿の実を食べ、渋柿を蟹蔵に投げつけた後、その頭の味噌を取って帰った。甲羅が割れたのだろう。えげつない話である。これは今どきの子供がショックを受ける。これ、当時の子供向けの絵本である。味噌を取られた蟹蔵は、病床に自分のなじみの立臼、包丁、クラゲたちを呼び、倅(蟹八という名前)と共に私の仇を討ってくれと重ね重ね頼み、息絶える。そこから復讐のため、蟹八は父の仇を狙うようになった。

 一方の猿蔵は快癒し、馬に乗り道をゆく。蟹八は葦の若芽の中から現れ、襲い掛かるも失敗。蟹八は猿にかなわないと思い、西国の秦(はた)の武文を頼る。蟹八は武文の元に逗留し、娘のお文と結ばれる。武文もそれを喜ぶ。注ではこの武文を「『太平記』巻十八に登場する後醍醐天皇一の宮尊良親王随身」であり、「武文の霊が甲蟹に化したとして土地の人がこれをとらない俗伝を批判している」とする話を載せる。ゆえに武文もやはり擬人化された蟹として登場する。この辺り、『太平記』が分かれば面白い発想である。

 一方の猿方は、山門の見猿、聞か猿、言わ猿に加勢を頼む。山門は比叡山延暦寺日吉神社(猿神信仰)もあるため、そこからの発想であるとされる。そしてついに猿方と蟹方が大合戦となる。結果的に蟹方は敗退。何で負けたとかといった記述はなく、「うち負けて敗軍する」とだけ。蟹はここは退き、改めて策謀を巡らそうとする。退却ではない、明日への進軍だ。

 蟹八は偽りの降伏をし(おいおい三国志なんかでよくあるヤツか)、猿蔵を先生と仰ごうとする。猿蔵は喜ぶ。蟹八は、猿蔵を自分の家に招いてもてなす。そこで一斉に襲い掛かる者ども。捕えられた猿蔵は降参し、謝罪する。そして猿蔵の息子の猿平は、今度は恥をかかされた俺たちが復讐する番だと蟹を討とうとしたが、武文の軍法によって和睦する。語り手は、武文の軍法の特に優れているのををたたえて終わる。復讐の連鎖にはならず、めでたしめでたし。蟹は二度も猿に敗れるが、最後は仇討ちに成功するなどより物語として面白みのある展開となっている。

 

②『さるかに合戦』

 今度は別の本を見てみよう。

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 こちらのストーリーは我々がよく知る一般的な猿蟹合戦と同じである。何も知らず猿が蟹の家にやってくる。囲炉裏からは卵(上の絵の囲炉裏から線を出してるもの)が、それから蜂(1の形態)が襲い掛かり、蟹(お面型)も姿を現す。猿は火傷をしたが、そこに蛇や包丁も加勢する。上の絵では、蟹がお面型で描かれている以外はすべて1の形態である。一方下の絵では、お面型が多くなっている。特に卵(左端)は人間の頭の上に丸い卵を載せており、着物にも「玉」と「子」が描かれている。猿は変わらず着物を着ておらず、1の形態である。包丁は①の猿蟹合戦とはうって変わって、人間の頭の上に包丁が乗っているというお面型である。玉子がはねつける、蜂が「刺すぞ」、包丁が「裂いてくれよう」と言っており、個々の本来の特徴を活かした攻撃をするには、1の形態で描いた方が都合がいいためこうした書き分けをしたのだろう。しかし、そう考えるなら、下の絵で猿の下に入り滑らせている荒布は謎である。変な髪型のおじさんではなく、昆布なのだ。先ほどは昆布そのままの姿で描かれているが、こちらもお面型となっている。そして杵にも注目してほしい。①の猿蟹合戦では、杵そのものに顔が描かれていたのに対して、こちらではお面型である。

 これ以前の会話の描写では、荒布の「あらめんどうな猿めだ」というセリフが荒布とあらめをかけていたり、「杵とかちんはめいしょを知る」が「杵とかちん(餅の女房詞)に諺『歌人は居ながらに名所を知る』を掛けたもの」であるなど、会話が個々の特性を活かして洒落を混ぜ込んだようなものになっている。

 

おわりに

 これ以上話すとかなり長くなるので、今回はこのくらいにしておこう。他にも変わった猿蟹合戦は存在するが、気が向いたら紹介する機会もあるだろうか。猿蟹合戦以外にも、擬人化ネタはいくつか用意している。最初にも述べた通り、同じ題材であっても、擬人化の方法が異なっているという場合があるのである。特に卵のような、顔のないものをどう表現するかという問題がある。これは生物であっても顔がないクラゲでも同様の問題が発生していた。そこでお面型である。普通の顔もある人間の頭の上にそのまま乗せ、着物に文字を書くなどしてこれは○○だと説明する方式。これがとても便利。昔の日本人も、現代と同様、様々な擬人化の表現方法を考えたのだ。もはや擬人化できないものは存在しないのではないかと思えてくる。

 余談であるが、最初に紹介した「辞闘戦新根」には、茶屋にいる擬人化された茶釜の姿を見た客が驚いて逃げるという場面もある。3の形式、すなわちイケメン・美少女であれば、かわいい、かっこいいで済む。しかし、頭は何か別の生物・物体で、胴体が人間という奇妙な姿を普通の人間が目にしたとき、それは化け物にしか映らないのである。当然だろう。逆に、擬人化された生物しか登場しない物語であれば、こうした「相手の姿かたちへの恐れ」というものは存在しない。自分もまた同じような姿をしているからだ。

 

〇参考文献

小池正胤、宇田敏彦、中山右尚、棚橋正博『江戸の戯作絵本(一)初期黄表紙集』社会思想社 1980年

鈴木重三、木村八重子編『近世子どもの絵本集 江戸篇』岩波書店 1985年

中野三敏、肥田皓三編『近世子どもの絵本集 上方篇』岩波書店 1985年

田口文哉「「擬人化」の図像学、その物語表現の可能性について―御伽草子『弥兵衛鼠』を主たる対象として」『美術史』 2006年3月

石川透編『中世の物語と絵画』竹林舎 2013年

伊藤慎吾『擬人化と異類合戦の文芸史』三弥井書店 2017年

年を越しても世界は変わらない

 年末である。皆様いかがお過ごしだろうか。大掃除や年賀状書き、コミケ、帰省などで忙しいという人も多いことだろう。今期視聴していたアニメ群も軒並み最終回ラッシュとなり、寂しい限りである。毎期非常に多くのアニメ作品が放送されるが、全て見るというのはよっぽどの好事家でもない限り難しい。ゆえに、今回リアルタイムでは触れることができなかった作品というのも当然ある。こうした作品は一生見ることがないかもしれないし、何かの機会に他の人から薦められたりするなどして見る機会があるかもしれない。放送が終わった作品も、何年かしたら2期やOVAが作られたりするかもしれない。

 さて、私がこのブログを前回更新したのは8/30、もう4か月も前のことである。テコンダー朴の件でアカウントロックを喰らったわけであるが、あれ以降、引っ掛かりそうなツイートの削除のかいあってか、同じ憂き目に遭うことはなかった。

 そもそもこのブログの存在を忘れていた、というわけではなく、わざわざブログでまとめるほどのものではない、Twitterに書けばそれで済んでしまうような話ばかりだったからである。しかし、今年はこれでこのまま放置するのもなんだか嫌だな、ということで書いている。次回の更新はまた来年(2019年)の年末になっているかもしれないし、それは私にもわからない。

 大晦日といえば、子供の頃、特に小学生の頃は高揚感のようなものがあった。年をまたぐと、何か世界が変わるのではないか、というような思いにも似た感情があった。街を歩いても普段とは違う空気感が漂っているし、テレビも盛んに新しい年を迎える準備はできているか?などと煽り立て、カウントダウン特番などが組まれる。子供としてはお年玉がもらえたりして嬉しい、というのもあるだろう。そんな私は当時ドラえもんの長時間スペシャルをよく視聴したもので、両親が紅白を見る時間を奪ってしまうためきっと渋い顔をされていたに違いない。そんな私が今年は茅野さんが出るという理由だけでドラえもんスペシャルを視聴したりしたのだから、人は変わるものである。

 そして年が明ける。我が家は親戚が非常に多いため、家を訪ねてくる彼らに対し、私は子供のころから頻繁に挨拶と雑談に連れていかれる。彼らによる私に関わる事象以外の話題は実に退屈なものであり、座敷は冬は寒い。しかし、私はお年玉を手に入れるために適当に時間を潰しつつ過ごすのであった。そんな話も今は昔。私の親戚も年を取った人が増え、昔ほど年始にやってくる人もそう多くはいない。みんな大変だから、ということで取り決めをして止めてしまったのだという。私の祖父も高齢で、年始の挨拶に出向くのをやめた。近年は私が帰省するたびに、親戚の○○、近所の××が亡くなった、と祖母が話している。私が子供だった頃と比べて、みんな年を取ったのだ。無常である。私の家系の男性は80歳まで生きた人はいないんだ、という話を昔聞いたことがある。まったく嫌な話だと思ったものだが、祖父は80歳を越えても生きている。このまま長生きして我が家の長寿記録を更新していって欲しいものだ。

 懐古はこのくらいにしよう。さて、いつからだろう。大晦日というものに対して、昔ほど特別な感情を持たなくなった。確かに、2018年が2019年にかわり、再び1月からスタートする、というのはあるだろう。しかし、明確な「断絶」ないし「進化」ではないのである。年を越しても我々が生きるこの世界は変わらずに続いていく。仕事だって年をまたいでやらねばならない案件もあるだろうし、「平成30年度」というものはまだ続く。きっと小学生の頃は、まだ幼い=こういうイベントを経験したこともあまりない、だから何もかもが新鮮に映った、ということなのだろう。それから毎年同じことを繰り返すと、だんだんと年を越しても世界は変わらない、ということが分かってくるというわけだ。果たしてこれは残念なことなのか、そもそもそういうものなのか。

 なにはともあれ、私と同じように大人になってしまった諸氏も、ゆっくりと年末年始を過ごしていただきたい。本年中の謝辞については、日を改めてTwitterの方に記したい。

テコンダー朴のネタでアカウントロックされる男

 タイトルの通りだ。早速本題に入ろう。私のTwitterアカウントが昨日から今日の午前1時頃にかけて、アカウントロックを喰らっていた。朝起きて覗いた際には何も問題がなかったのだが、その後空き時間に開いてみるとびっくり。何事かと思った。届いたメールをみてみると、どうやら8/29の午前10:56にアカウントロックされたようだ。そこから指示に従って電話番号認証をし、問題だと指摘されたツイート三つを削除。すると「ご利用のアカウントは一時的に機能が制限されています」の表示と共に、ロック解除まであと何時間何分かかる、という画面となった。私の場合は、約15時間30分ほどのペナルティが与えられた。以下は暫くたってからの画面。

 

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 最初はTLのチェックなどができたが、いいね、RT、リプライを送るなどの機能の使用はできないという状況になった。そこから、スマホでログインすると、エラーを吐いてロック解除の2時間前くらいから何も見れなくなってしまった。この辺りの仕組みはよく分からない。

 さて、では私のツイートの何が問題だったのか。Twitterでそのことを話し始めるとそれでまたロックされるという間抜けなループにはまる可能性があるので、こちらで考えてみよう。私に届いたメールには、以下の三つのツイートがダメだと書かれていた。スクショを載せよう。

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 これらは全て、人権派格闘技漫画こと『テコンダー朴』(青林堂)内にある、界隈では有名なネタである。内容も全部同じようなものだ。これが特定の民族など様々な属性への「暴力を助長」などにあたるというわけだ。Twitterで検索してみると、どうやら同様のツイートで前にロックや凍結を喰らったという人がちらほら。「いきなりロックかよ?ツイッパリらしいな」と言いたいところだが、では具体的にどれがダメなのか。

 ここからは、同じくテコンダー朴ネタでロック・凍結された人の報告と、「どのルールに違反しているのか」という文言を読んだ上での私の考えを合体させてのごく簡単な推論となる。先に言えば、見方は2つ考えられる。一つが、「劣等民族」と「殲滅」を一つのツイートに並べてしまったのがアウトと判定されたというもの。極めつけは「殲滅」だ。恐らくTwitter側は、これを日本人へのジェノサイド(民族浄化)を呼びかけるもの、まさに「暴力を助長」するものであると判断したのだろう。テコンダー朴のネタとは関係ないが、「○○(特定の)民族」と「殲滅」というワードを並べたツイートでロックされていたという人を見かけた。それも同じパターンだろうか。どうやら「チョッパリ」も問題がありそうだが、特に「殲滅」というワードと並べてしまうとアウトという報告がある。

 もう一つ考えられるのが、そもそも「劣等民族」というワードがアウトという可能性。劣等民族というと、ナチスユダヤ人などをそう規定して虐殺するという狂気の戦争犯罪を想起させるのかもしれない。私は日本人であるが、なるほど別の国や民族ではなく、同じ日本人への「劣等民族」というワードを用いた場合もアウトのようである。そもそも発信者が誰かという辺りは勘定されていないのだろう。もし仮に同じTwitterという場で、白人至上主義者の人がこういったツイートをしていたならば「それはアウトだ」と思うだろう。発言者ではなくTwitterという「場」の問題であると考えられる。

 私がこのネタをやったのは今回が初めてではなかったが、最近は長期間ログインされていないアカウントが削除・ロックされるなど、Twitterの言論プラットフォームは様々な面で厳しくなってきている。過去の同様のネタも念のため自分から削除したが、今後ついうっかりこのネタを使ってしまいそうになる人などは、先達として私から注意を呼び掛けておきたい。同様のツイートを既にしてしまっている人は、ロックが嫌なら今すぐに自分でツイートの削除をすることだ。漫画の、しかも他国への中傷ではなく自国の中傷ネタであってもダメなものはダメらしい。今後はテコンダー朴ネタをやるにしても、これだけは避けた方がいいのは間違いない。

 次はないと思うが、またアカウントロックや凍結などの憂き目に遭った場合はこのブログで報告する。私のことをTwitterで最近見かけなくなったね、とふと思うような物好きな方はこちらをチェックしてみて欲しい。

『劇場版 のんのんびより ばけーしょん』と舞台挨拶をみてみた りぴーと※ネタバレを含む

 昨日、この作品を観た私だったが、今日も舞台挨拶と上映があったため、TOHOシネマズ川崎へと向かう。昨日の感想記事を夜遅くに書いていたため、ゆっくり寝てしまったが遅れることなく劇場に到着。やはり今回も本人確認と手荷物検査は厳重であった。今回の色紙は、出ましたれんげ&蛍。これは嬉しい。ガチ勢はコンプリートを目指すべく既に複数回見ているようだが、私も昨日引き当てた一穂・駄菓子屋の色紙を四枚持っている、れんげ・蛍が欲しい、という声も聞こえてきた。

konamijin.hatenablog.com

 

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 今回は昨日のように上映前に舞台挨拶をするのではなく、観た直後に舞台挨拶をするという形式。登壇者は村川梨衣さんと佐倉綾音さん。司会は同じくKADOKAWAの女性。先にこちらについて書いておこう。

 「皆さん心なしか優しい顔をしているような」と佐倉さん。そして村川さんから自己紹介。やっぱり挨拶は「にゃんぱすー!」だが、その後に「沖縄ー?」「最高ー!」コールを要望し、不思議な空気に。続く佐倉さんは一度「にゃんぱすー!」と言い、その後でもっと大きな声で言ってということで再び「にゃんぱすー!」。

 そしてトークがスタート。「待ちに待った続きを劇場版でお届けできる」と村川さん。二人とも久しぶりののんのんびよりを観客同様楽しんでいたようだ。「ひかげがうるさかった、夏海と一緒だから。夏海のひかげの扱いが酷い」と佐倉さん。村川さんの褒める語彙が小学生並みだったので、佐倉さんが「語彙力!」と突っ込む。観客の中には昨日公開なのにもう二回以上観ているという人が非常に多かった。「皆なにしに来たの?」とは佐倉さん。二人とも意外そうな反応だった。抽選に応募する際に全員集合回である前日と今回と、両方当選したという人も多いのだろう。

 ネタバレありで印象に残ったシーンについて話していく二人。佐倉さんはやはり新里あおいちゃんとの交流について。夏海は最初はちょっとあおいちゃんが苦手という感じだったようだが、打ち解けていくという話。「あれ男女だったら絶対(恋が)始まってるよね」と佐倉さん。村川さんも「夏海男の子みたいだよね」と応じる。私も前の記事でそんなことを書いていたのでとても共感した。そして最後の別れの場面。「れんげとアイコンタクトをすることで、何か伝えなきゃと思った。本人たちはそう思っていないかもしれないけど、これは青春。後で大人になってあんなこともあったなあと思い出すような」と佐倉さん。佐倉さんは実際のアフレコ現場でも別れたくないなあと思っていたそう。「別れは人を成長させる、皆も(別れという点で)似たような体験はあるんじゃないか」と佐倉さん。また、帰りの車に乗った夏海が鼻をすするという点にも言及。「アフレコ台本のト書きにはあったがセリフではなかった。でもやってみたらそれでいきましょうという話になった。渾身の鼻すすり」とのこと。今後二回目、三回目と観に行くという人は、注目すべき点だろう。村川さんは蛍についてではなく小鞠について尋ねられる。表情に注目して欲しい、例えば海に入る際にカナヅチである小鞠の目が点になっているところなど、とのこと。

 舞台挨拶はあっという間に最後に。

佐倉「社会の喧騒に疲れたらまた来ていただいて。何度でも感動できる作品だと思うんですよ。観終わって外に出てみたら世界が明るく見えるような。また最初に観たときの感じなんかを思い出しつつ」

村川「もうすぐ夏休みも終わりですか?こんなこと言っちゃいけないかな、毎日お仕事頑張ってるよという人も、明日は月曜日ですから、傷が全回復したと思います。赤ゲージじゃなくて黄色ゲージくらいになってたのが。のんのんびよりには治癒能力があります。浄化される」

 こうしてのんのんびより健康法が生まれたのであった。そしてキャスト二人は舞台を降りる。私の席が入退場口と近かったので最後に二人がよく見えた。

 

 今回は二度目の観賞だったが、全体的にひかげがいい味を出していたと思う。アクロバティック土下座や飛行機で耳を痛めてしまった後のやりとり、船酔いなどとにかくついてないのだが、それでも自分のテンションを崩さない。散々な目に遭った彼女だがやっぱり楽しかったようで、最終日には高校一年生だというのに泣いていた。彼女のは旅行が心から楽しかった、まだ帰りたくないという思いからの涙である。一方で、同じく泣いていた夏海は、やはりあおいちゃんと別れるのが寂しい、早すぎる、という思いからの涙だろう。この点、同じ涙でも意味が全く異なるのである。ひかげの考え方がまだ子供っぽいという話ではなく、それぞれが自分の気持ちに素直に向き合っての涙だということが重要だ。

 対照という点で言えば、大人部屋といつもの面々の部屋、それぞれが別の日の夜中にコッソリカップ麺を買ってきて皆で食べるという場面。前者は一穂、後者は夏海が買ってくるが、どちらも「いや私は食べない」とい言う者はいなかった。この点、根本的な部分でみんな共通している、だから仲良くやれる、ということが分かる。

 そう言えば、兄ちゃんは特賞を当てた功績ということで、二人部屋を一人で使う権利を与えられた。ゆえに、夕食後には登場頻度がガタ落ちしてしまう。さっさと寝たのだろうか。

 昨日はED曲について言及していなかった。れんげ、蛍、小鞠、夏海の歌う『おもいで』。OPとは異なり、エンドロールと共にフルで流れる。タイトルの通り夏の思い出を歌いつつ、本編ラストでもれんげが言った「ただいま」というワードが重要な位置を占めている。これは『のんのんびより りぴーと』の『おかえり』に対応していることは言うまでもない。「のんきな風が吹いたから また季節が歌ってる」という歌詞もあるが、これも一期のED『のんのん日和』と先述の『おかえり』の歌詞である「のんびりと歌うから のんきな風が吹いたを踏まえたものである。こういうところも、過去作からのファンには嬉しいポイントである。

 リアル田舎、そして沖縄では現時点で上映劇場が存在しないのんのんびよりであるが、ぜひ多くの人に心を浄化しに行ってもらいたいものである。まだ原作は続いている。またいつか、「ただいま」と言ってのんのんびよりの世界を見せて欲しいものである。

 

※おまけ

 私の推しキャラは富士宮このみである。数年前の原作の公式人気投票で、夏海を押しのけ4位に入った子であり、高校三年生。ゆるめのお姉さんキャラ。怒らせると怖い。顔が可愛い。今回の劇場版ではセリフはそれなりにありはしたが、そこまで重要な役割は果たしていないように思えた。今回主役級であった夏海の逆襲であった。

『劇場版 のんのんびより ばけーしょん』と舞台挨拶をみてみた ※ネタバレを含む

 そうだね、タイトルの通りだね。あにてれでの特番では「脱力系田舎ライフコメディ」と紹介されていた『のんのんびより』。宮内れんげ、一条蛍、越谷小鞠、越谷夏海ら四人を中心に展開する、田舎での生活を描いた作品である。一期、二期、OADなどを経て再びアニメ化となった。キャスト陣も全員集合は約二年半ぶりだったという。

 私はアニメ一期の放送当時から視聴し、原作も読んでいる。私自身、福島県の田舎育ちである。さすがに小学生から中学生まで全員が同じ教室で授業を受けるというようなレベルの田舎ではないが、田んぼや畑が多く畜産をやっている家も多くある。現在は高齢化と後継者不足で畜産はやめる、田畑は自分たちが食べる分だけの米・野菜を作るだけにして規模を縮小する、というところも増えている。80歳を超えてくると、農家の皆さんも体がついていかないものだ。リアルの田舎は世知辛い。れんげが沖縄で牛を見て「ここも田舎なのん?」とつぶやく場面がある。牛がいる=田舎という固定観念ができているのだろうが、この認識はあまり間違ってはいない気がする。

 さて、今回の劇場版は沖縄編である。原作では7巻にあたる。いつかOADでアニメ化されるのだろうか、と多くのファンが思っていたエピソードだが、まさかの劇場版。デパートの福引で、特賞の三泊四日の沖縄旅行を引き当てた一同が、そろって沖縄へ行くというものだ。沖縄というと、本土の人間には物産展や沖縄料理店などが、沖縄の文化を知る機会になるだろうか。私も子供の頃は百貨店で催される沖縄物産展によく行ったりしたものだ。昨年は沖縄料理店に行く機会があったが、やはり料理はおいしい。また泡盛を飲みたいものである。

 シネマサンシャイン池袋での上映前舞台挨拶から。この劇場に入るのは、昨年末にあった「宇宙よりも遠い場所」の選考上映会以来であった。私が行ったのは一番最後の回である。メインキャスト四人(小岩井ことり村川梨衣佐倉綾音阿澄佳奈)が勢ぞろいする。本人確認と手荷物検査を一人ひとりきっちり実施。本人確認はまだしも手荷物検査までやるのは珍しい。特典の色紙は一穂、駄菓子屋の大人コンビ。

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 そして始まった舞台挨拶。司会のKADOKAWAの女性、挨拶はもちろん「にゃんぱすー!」である。この作品を象徴する挨拶であるが、原作やアニメで毎回の決め台詞のように使われているというわけではなく、使用された回数は思いのほか多くはない。

dic.nicovideo.jp

 そしてキャスト陣が登場。小岩井ことりさん、四人の中で一番背が高いが、れんげを意識したと思われるツインテールが膝のあたりまである。作中のれんげよりも長いと思った。さっそく沖縄の話などを始めようとする面々だが、佐倉さんの「自己紹介とかしなくていいの?」というごもっともな指摘により、みんな誰が誰かは知っているとはいえ挨拶が始まる。

 小岩井さんから「にゃんぱすー!」と挨拶。客席も「にゃんぱすー!」と返す。問題はここからである。続く村川さん、自分が「にゃんぱすー!」と言ったら一階席、続けて二階席が「にゃんぱすー」と順番に、しかも合唱のように音程を変えてやるという提案。即席にゃんぱす合唱団完成。続く佐倉さん。前の村川さんの独特なやり方を受けてどうしようか考える。「私が越谷~?と言ったら答えてください。髪の赤い子です!妹だけどお姉ちゃんっぽい方です。それから私が佐倉~?って言ったらまた答えてください。声優とキャラと両方知ってないと難しい…」という面白い提案。そして…

佐倉「越谷~?」

観客「夏海ー!」

佐倉「役の佐倉~?」

観客「綾音ー!」

佐倉「です!」

 …というやり取りが完成。まさか綾音コールまでやるとは思わず。その直後に「越谷夏海役の佐倉綾音です」と普通に自己紹介したため、「結局自分で言うんかい」というツッコミが入る。最後は阿澄さん。今日一番の大きな声でにゃんぱすー!を言ってもらうことを提案。いざやってみると、本当に今日一番だったようで、キャスト陣も感心していた(※これ以前に、午前中は新宿でも舞台挨拶を行っている)。

 上映前舞台挨拶ということで、本編のネタバレは当然NGだ。ネタバレをしないよう、沖縄料理の話や角川シネマの展示を見たという話、シーサーを作ったあにてれでの特番の話などを進める。観客に挙手をさせてみたところ、どうやらこの劇場版でのんのんびよりを初めて観るという人もいるようだった。「劇場の案内とかで知って観てみようと思うのかな」などと不思議そうに話すキャスト陣だったが、舞台挨拶なので登壇する声優のうちの誰かのファンだから来たという人もいただろうと思う。

 佐倉さんは特番でも食べていたソーキそばがお気に入りのようである。沖縄そばとソーキそばの違いが云々という話に関心があったようだ。他に、サーターアンダギーは口に出して言いたいという話など。

 角川シネマには等身大のキャラのフィギュアがあるようで、体形が大人びている蛍は、中の人の村川さんよりも背が高いそうである。佐倉さんが「小鞠はこのくらいだった」と地面に接するくらいの辺りに手をあてて表現したため笑いが起こる。

 特番についての話では、再び阿澄さんが手間取って小岩井さんに手伝ってもらっていたという話がネタにされる。「この人手伝ってもらってた」と言う佐倉さんに対して「この人言うな!先輩だぞ!」と応じる阿澄さん。微笑ましい。

 続いて、ネタバレをしないように、これから観る人のために各自が見どころなどを説明することに。唐突な挙手制となり、小岩井さんが手を挙げる。その後も三人が手を挙げ、司会が佐倉、阿澄の順で指名。そのたびに村川さんに対してドヤ顔をする佐倉さん。佐倉・村川コンビはのんのんびよりのラジオをやっていた仲でもあり、いつも掛け合いが面白い。

 「アニメの方でもそうだったが、脚本が最初にメッセージを出して最後にそれを回収してくれる」「某所でのんのんびよりらしからぬ音楽が流れる」「小鞠のお姉ちゃんらしいところも見れる」「スタッフ渾身のロケハンによる、沖縄に行ったことがある人は見たことがあるかもしれない景色が素晴らしい」という話など。村川さんはニコ生の特番の頃からずっとスタッフのロケハンの件をいじっている。ドローンを使って撮影もしたそうである。佐倉さんも便乗。沖縄で上映劇場を設け、彼女たちを沖縄へ連れて行ってあげて欲しい。

 そして最後に一人ずつ挨拶。個人的に印象に残ったのは佐倉さんと村川さん。佐倉さんは「観終わったら世界が優しく見える」と言っていて、きっと自分も観終わったらそうなるだろうなと思った。そして村川さん。「(景色が美しくて)自我を忘れて没入する」という話をしたかったのだが、説明不足だったため佐倉さんが「ええと俺がお前でお前が俺で…」という感じにいじる。その後客席にもしっかりと伝わったようだが、彼女の言っていたことは間違っていなかった。本編を見て、それがよく分かった。

 こうして舞台挨拶は終了。舞台を降りるキャスト陣だが、村川さんのマイクが汽笛のように鳴るというプチアクシデント。キャストの誰かが「開始の号令」と言ったようだった。

 いよいよ本編の上映。個人的に印象に残った点をいくつか。ネタバレを含むのでご注意。

 

①OPとその入り方

 田舎の美しい風景からスタートし、れんげが家から集合場所に向かう。先に着いたが、まだ誰も来ていない。そこからすぐ、遅れて夏海、小鞠、蛍の三人がやって来る。そしてれんげの彼女たちのへの「にゃんぱすー!」という挨拶からのOPへ。出ましたにゃんぱす。どこかでやるだろうと思ってはいたがこのOPの入り方はまさに開幕にふさわしい。主題歌は一期、二期とOPを担当したnano.RIPEが今回も歌唱。『あおのらくがき』のサビには「スケッチブック一面に描き始めたストーリー」という歌詞がある。今回はれんげがスケッチブックに沖縄の風景を描いて自分の田舎の風景に見せる、逆に自分が住んでいる田舎の風景を描いたものを沖縄の風景や人に見せるという行動にでる。重要なアイテムだ。風景に絵を見せてあげるという行為は子供らしい発想と解釈するか、れんげのいつもの独特のセンスというべきか。れんげがクレヨンで描く絵は小学一年生にしては実にうまい。

 

②ギャグと間

 デパートへ向かった一同のうち、いつもの無口なお兄ちゃんが福引で特賞の三泊四日の沖縄旅行を引き当てたことで、物語は大きく動き出す。その前にれんげが「にゃんぱすぱすー!」と謎の進化系の挨拶を放った後、ハズレのティッシュを貰って大喜びする場面があるが、ティッシュでここまで喜ぶ小学生はそうはいないに違いない。そのテンションからのお兄ちゃんがあっさりと引いてしまうという流れ、この緩急が面白い。その後に間があるのも絶妙だ。この「間」であるが、時にはギャグを際立たせるため、時には美しい風景をじっくり見せるために使われている。他にも、徹底して扱いが酷いひかげが完全なギャグ要員となっている。最初の土下座や毎晩床で寝かされることに対する反応などは笑えた。

 

③田舎と沖縄の風景と音

 スタッフ渾身のロケハンだけあって、気合いが入っている。沖縄の住居の屋根瓦などもよく描かれているように思う。そして川、その中を泳ぐ魚。夕焼けに映える海。水の描写が特に美しい。音に関しては、滝の音が特に臨場感を感じさせた。これが村川さんの言っていた没入、自我を忘れることかと思ったものだ。実にリアルだった。リアルさという点では、皆で夜光虫を見に行く道すがら、小鞠が虫の羽音に驚くシーンがある。この音もリアルだった。夜の虫の音などもあるが、現実世界の田舎ではうるさいくらいに鳴いているのだろうがのんのんびよりの世界では風流だ。

 また、序盤に沖縄民謡的な要素を取り入れた音楽もあった。他に、兄ちゃんが特賞を当てて戻ってくる際の音楽は見る作品を間違えたかな?と思わせるものがある。

 

④夏海とあおいのひと夏の…

 これが今回の肝である。夏海が実質主人公と言っても過言ではない。沖縄で民宿「にいざと」に宿泊することになる一同だが、そこで看板娘である新里あおいと出会う。CVは沖縄県出身である下地紫野さん。れんげたちもよく外で遊んでいると思うが、彼女はそれよりも肌がやや日焼けしている。沖縄弁、少し独特のイントネーションで話す。お客様には敬語を使い、熱心に家族経営の民宿の手伝いをしている女の子。夏海と同い年だという。そのため「夏海とは大違いだね」と小鞠に言われ、なんとなくバツが悪そうな夏海。最初の顔合わせでも同年代の女の子に会うのは初めてだったから、敬語をつい使ってしまうなどぎこちない。

 しかし、夏海は彼女が夜にバドミントンの壁打ちを一人でやっているのに遭遇する。母親から壁が傷つくからと壁打ち練習を禁じられているあおい(実際、彼女が練習をしていた壁はその跡が残っている)は、バレてはまずいと夏海にラケットを隠させる。どうにか母親の追及を切り抜ける二人。思わず敬語を使わずに話してしまったあおいと、普段はそんな話し方なんだねと言う夏海。そこから二人の距離は縮まっていく。彼女と遊びたい夏海だが、やはり民宿の手伝いでなかなか手が離せない。そんな様子を見ていた小鞠、翌朝、部屋の掃除などあおいの仕事を自分たちでやることを提案し、実行する。こういうところが阿澄さんの言っていた「お姉ちゃんらしさ」だろうか。妹である夏海の気持ちを思いやっての提案だった。こうして町を案内してもらうことになる。小鞠に対してバドミントンで無双していた夏海も、バドミントン部のあおいに対しては完敗。こうして二人の仲はより一層深まった。住んでいる環境の問題から、同い年の友人がいない夏海。ある意味初めての経験だったのだろうか。

 しかし、別れが訪れる。涙を流す夏海。最後もあおいと言葉を交わさずに帰りの車に乗り込みそうになるが、れんげと目を合わせることで向き直る。帰ったら自分の学校の写真を送ること、またバドミントンをしようということを約束する。別れ際に握手などするのかと思えばそんなことはなく、私にとってはそれが少し意外だった。そうするとまた別れが辛くなるということか。

 そしていつもの村のバス停へ。村の名前は決まっておらず、KADOKAWAの人も「通称のんのん村」と呼んでいる。れんげからスケッチブックに描いた絵を渡された夏海。お礼を言う。この時点ではまだ何の絵なのか観客には分からない。

  帰宅後。夏海はれんげの絵を自室の壁に貼る。バドミントンのラケットを持ち笑う夏海とあおいの絵。エモい。エモすぎる。夏海はお調子者のムードメーカーだが、この旅で少しだけ違った一面が見えたと思う。この作品を観た後で改めてキャラの人気投票をやれば、きっと夏海は今度こそ4位以内に入れる。

 夏海とあおいは、もし仮に男女であれば確実に「ひと夏の恋」として描かれただろうと思う。別れ際か、前日の夕暮れに海辺で二人きりで会ったり。それでも思いを胸に秘めて別れるか、ちょっと踏み込んでみるかはそういった創作物の描き手に委ねられるだろう。

 しかし、のんのんびよりはこれを同い年の女の子同士の友情として描いた。もちろん百合的な意味でもない。後で夏海は言ったとおりに写真を送るなどし、文通をしたりするのだろうか。あおいと皆は、単なる従業員と客という関係で終わらなかった。これは夏海がたまたまバドミントンの壁打ちをするあおいの姿を見たからというのが大きい。夏海はあおいと比較されていた。普通であれば面白くないだろう。しかし、しっかり者だという印象を持っていたあおいの意外な一面=自分と少し共通する面を知れたことで、夏海は親近感を覚えたのである。共に明るく元気な性格だというのもよかった。お互いのことを話したり、遊んだりすればすぐに「友達」だ。一緒に長く時間を過ごすことは、お互いをより深く知るためには必要だが。でも、まず友達になることに時間は関係ない。いつか、再会の日が来ることを願いたい。

 

のんのんびよりファンには嬉しい「いつもの」

 「具」が少し出てきたり、蛍が実は甘えん坊であるという設定や、小鞠が大人ぶってはいるが実は怖がりでお子様、無口のイケメン兄ちゃんなど、これまでのんのんびよりを見てきた視聴者であれば安心感と懐かしさを覚えるような描写が散りばめられている。個人的には大人組、駄菓子屋がれんげの保護者のようになっている点、一穂が普段はどこか抜けている雰囲気だが実はしっかり大人としての役割を果たしているという点が印象に残った。

 そして、「いつもの」と言えばED後の「今回はここまで」。よくやってくれたと思う。これでこそのんのんびより。「今回はここまで」ということはまたいつか続編が…?OADでも原作ストックがたまったら三期でもいいよ、と思わせるものがあった。

 

おわりに

 総評として、今回の劇場版はとてもよかった。久しぶりにのんのんびよりの世界に浸ることができた。私はこの作品を見ると心が洗われるのである。まさに佐倉さんの言う「世界が優しく見える」気持ちになるのだ。劇場版のラストでは、れんげが帰宅し、家の匂いをかいで自分は帰ってきたんだ、と実感する。「ただいまなのん」と言う。「ここは世界一優しい おかえりが待ってる場所」であり、「大好きなふるさと」である。でも、沖縄も楽しい思い出がたくさんできた、またいつか行きたい場所でもある。きっとその時には、れんげは今度こそイルカの絵を描くだろう。上映終了後には、どこからともなく拍手が起こった。とてもあたたかかった。もう一度、舞台挨拶と合わせて観る機会がある。何か違った発見があったりするだろうか。

唯一神又吉イエスと私の交流-参院選2016

 さて、久々の更新である。私は宣言通り積読処理をしていた。いくつか書こうと思ったネタはあったが、他に色々とやることがあったため断念していた。そんな中、私のTwitterに飛び込んできたのがこの知らせだ。

政治活動・ホームページ閉鎖のお知らせ

 又吉イエス氏が、政治活動をやめるという。亡くなったのではないのでその点は一安心である。「尚、唯一神又吉イエスの名称と存在は従来通りであります。」で締めくくっている辺り、彼らしさを感じる。

 そもそも皆さんは唯一神又吉イエス(本名:又吉光雄、実際に彼に投票する場合はこの名前を書く必要がある)という人物を知っているだろうか。悪い言い方をすれば、著名な「泡沫候補」である。大きな組織や国会、地方議会に議席を持つ政党などの支援を受けずに様々な選挙に立候補している人物の一人だ。ゆえに、彼らは「どうせ当選しない」「売名目的」などのレッテルを貼られ、テレビなどで取り上げられることはほぼない。畠山理仁氏の『黙殺』は、そういった候補の活動を取材したノンフィクションだ。諸外国と比べて高すぎる供託金、そして供託金を支払っても「主要候補とその他」といったような報道での扱いの格差の問題にも触れており、我が国の「選挙」の在り方について改めて考えさせられる渾身の作品である(又吉イエスは登場しないのであしからず)。私はこの本の出版記念イベントに行き、又吉氏の写真を畠山氏に見せて少し話をしたりしたものだ。

 又吉氏は沖縄県出身で、沖縄の在日米軍基地の地主であるため、そこから選挙資金を調達している(又吉氏はいつも一定の得票数に届かず、供託金を没収されてしまう)。この又吉氏を有名にしたのは、何と言ってもあの奇抜なポスターであろう。黄色と赤の色使いと、大量の文字の中に踊る「○○(対立候補名や当時の小泉首相など)は腹を切って死ぬべきだ」「唯一神又吉イエス地獄の火の中に投げ込むものである」という文言。更には街頭演説。東京1区自民党から出馬していた故・与謝野馨氏に「腹切って死ね!」と言い放つ演説である。なお、又吉氏が出馬するのは衆院選では東京1区と決まっている。与謝野氏と海江田万里氏(立憲民主党)がしのぎを削ってきた選挙区であるが、現在では海江田氏と山田美樹氏(自民党)が競る選挙区だ。参院選は東京都選挙区。過去には地元・沖縄で知事選などに出馬していたようだが、一時期から活動拠点を都内に移している。余談だが、先の衆院選(2017年)ではとある理由でポスターから過激な文言が消えたそうである。

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 さて、ここまで読んで、皆さんは又吉氏にどんな印象を抱いただろうか。「なんかヤバい人」以外の何者でもないだろう。自らを唯一神と称している上に又吉イエスという名前からして、カルト宗教の教祖のようでヤバそうだ。できれば近寄らない方がいい人だと思うかもしれない。

 又吉氏との最初の邂逅は、参院選よりも前の新宿某所であった。又吉氏の街宣車は、スタッフが運転している場合もあるし、自身で運転している場合もあるがその時は後者であった。その時は選挙期間中ではなかったため、車から宣伝テープを流しているだけであった。

 そして時は流れ2016年の参院選。やはり東京都選挙区から出馬した又吉氏の街頭演説に、私は幾度も足を運んだ。ネットでマック赤坂氏や外山恒一氏らの政見放送を見て笑っていた私は、彼らと同じカテゴリ(泡沫候補というカテゴリ、前述の畠山氏は無頼系独立候補という失礼のない敬意も込めた呼称を用いている)に入る又吉氏を、一度見てみようと思ったのだ。合わせて、私はこの参院選与野党の候補関係なく街頭演説巡りをするという酔狂なことをやっていた。私にとって選挙期間中の街頭演説は、有名な政治家に会える、話をタダで聴ける上に握手や動画・写真撮影までできる最強無銭イベントだ。必要なのは交通費のみ。様々な候補の演説の予定や応援弁士を調べ、一日に複数の街頭演説をはしごするのもよくあることだ。特に参院の東京都選挙区は立候補者の数も多く、都内全域が一つの選挙区になっている。

 又吉氏の街頭演説予定は公式ホームページにアップされていた。夕方頃、一度だけやるという日がほとんどだ。その時間に合わせてその場所へ行けば会えるはずだ。私はそう思い、現地へと向かった。告知されていた秋葉原に着き、通りを歩いていると、あの特徴的な声が街宣車から聞こえてくる。黄色地に赤で「マタヨシ」と書かれた目立つ車両だ。まるで二郎インスパイアだ。演説予定の場所に車が停まる。もちろん又吉氏は選挙に出馬しているのだから、ただ誰かに「腹を切って死ね」などという暴言を好き放題言っているだけではないはずだ。しかし、私は彼がどういった政策を持っているのか全く知らなかった。夏の暑い中、水の入ったペットボトルを持って街宣車に上がった唯一神は、マイクテストを自分で行い、聴衆を気遣ったりする。暑くともスーツを着てネクタイを締めている。当然、日傘なども差さない。聴衆は私を含めて4、5名といったところだ。

 そして始まった彼の演説であるが、基本的に毎回内容は若干違えど要旨はほぼ同じである。本人もある日演説終わりに話しかけた際に「何度も来て頂いてありがたいが、あまり演説のパターンがない」と言っていた。演説を前半と後半に分けると言い、独特のイントネーションで力強くしゃべる。前半では今の経済がいかに終わっているかを説明し、後半では彼の率いる世界経済共同体党によって「共同の所有、生産、消費性経済」を実現させねばならないという主張を展開する。これは共産主義ではないかという意見もあろうが、本人はそうではないということを力説した日もある。「日本人の特色、勤勉さ。まとまり、組織力。生産技術がある。ならば唯一又吉イエスの世界共同体日本、それが最高、質的には最良の経済を運営できる。」とのこと。演説の前半と後半の間には、水分補給タイムが設けられる。他に、「自分を大切にするように、他人を大切にする」という価値観を最も重視しているという話や、「金が第一、金が全てという考え方が罪、犯罪の原因」であるという主張を展開する。実に道徳的だ。他人に向かって腹を切れなどと言っていた人とはとても思えない。秋葉原ということで、彼を知っているオタクも多いのか、少しずつ聴衆は集まり、立ち止まって聴く人は20人ほどになる。ただ、それでも物珍しいということで写真を撮るだけの人が目立つ。撮影が終われば去っていく人の方がはるかに多い。何かのビラを配っている若い男が私に「あの人は有名なのか?」という趣旨のことを尋ねてきたので、私がなんとなく又吉氏のことを説明する。又吉氏は通行人の「又吉さん頑張ってください!」の激励の声に、「私の使命ですから。がんばります」と応じている。

 演説時間は前半と後半合わせて一時間ほどで、終盤ではお馴染みの「地獄の火の中に投げ込むものである」というフレーズを放ち、最後にボランティアの募集の話をする。「お願いをいたします。東京選挙区、当選すべく頑張っています。ボランティアの皆さんが必要です。それなくして唯一神又吉イエス参院選はない。世界経済共同体党もない。ホームページをご覧いただいて、お電話をしていただいて、ポスターはりなどお願いします。高いところから失礼しました。長い間ありがとうございました。」これで終わりである。この日は私は又吉氏に声を掛けるといったことはせず、「なるほど、これが又吉イエスか」と思いそのまま帰った。

 以下は又吉氏の前説。秋葉原ではなく別の日のものだが、独特のイントネーションが十分に伝わるだろう。

 

 

 家で公式ホームページの政策・主張を見てみると、同性愛者に関する話などは現職議員であれば国政・地方問わず明らかに差別だということで「炎上」するであろうようなものが載っていたりする。

 さて、次に私が又吉氏に会ったのは、秋葉原での街頭演説の三日後だ。この日は上野駅日本のこころを大切にする党や「支持政党なし」という名前の政党の街宣車が行き交う中、又吉氏の車が現れる。72歳の又吉氏だが、背中は全く曲がっておらずすらっとしているのが印象的だ。

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 この日も最初にマイクテストを自ら行い、いつも通り経済関係の話を中心に自身の主張を展開する。この日はシャープ買収や二日前のイギリスのEU離脱、中国人観光客による爆買いなど、時事ネタを織り交ぜて話していく。自身の主張を補完するためのネタを少し仕入れてきたようだ。「イギリスがおとといヨーロッパ経済連合から脱退した。労働者たちとの軋轢もあるが、困っているからだ。」「持たざるものだから中国人がやって来ての爆買いはとてつもない購買力を発揮している。日本は持てるものなので現在は購買力が下がっている。」通行人が小声で「『火花』読みました」と言って通り過ぎていく。名字が同じということで、言うまでもなく又吉直樹氏と掛けたネタである。それから暫く話し続け、途中で喉が渇いたと言い水分補給を挟む。この時間は聴衆側もいい機会なので水分を補給する。この日は自分はアカ(共産主義者)ではないと言い、マルクス批判なども展開した。「車を走らせていたらアカという声が聞こえてきた。そんなことあるわけないだろうと言ってやった。」そして安定の「地獄の火の中に投げ込む」くだり。このフレーズは終盤に一度だけ用いるというパターンが分かってくる。この日も通行人からの激励の声には「センキュー!ありがとう」と応じる。演説終了後、街宣車を降りた又吉氏は聴衆に挨拶と握手をしにやって来る。定番のちょっとした交流会だ。又吉氏は聴衆に「お住まいは都内ですか」と尋ねていく。東京は近隣の県から遊びに来たという人も当然多い。都民でなければ投票はできないため、「私に投票してくれることが可能ですか?」と聞いているのだ。私ともう一人の人が最初から最後まで聞いていたので、「大変心強かった」と言ってくれた。以下はその際に撮影した写真である。

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 さて、次はその二日後。場所は新宿駅西口。一昨日会ったばかりだったので、私のことを認知していてくれたようである。私が街宣車に向かうと、彼の方から声を掛けてきてくれた。演説では家電の三種の神器の一つ・冷蔵庫を忘れて聴衆に尋ねるなどしていた。最初の秋葉原の演説でも公明党の代表(山口那津男氏)の名前や民進党代表(岡田克也氏)の下の名前をド忘れしていたようだった。しかし唯一神、経済の話ばかりするが経済至上主義というわけでもないらしい。この日は「安倍晋三が経済だと言うなら、違うよ、人だよと言いたい。」という名言を残した。これは「自分を大切にするように、他人を大切にする」ことの一つだろうか。更にこの日は「民主主義を又吉主義に変える」と言い出したため、たまたま近くで何かの待ち合わせをしていた青年が「この人は何を言っているのだろう」とつい笑ってしまったようだ。他には近くでギターを弾く青年がいた。この青年は場所選びを間違えたのではないか。なお、又吉主義というのは前述の「自分を大切にするように、他人を大切にする」という価値観を基盤としたものを指す。

 終盤では再びボランティア募集の話。「ポスターを貼ってる掲示板が1つ増えたら得票が増えると確信している」とのこと。確かにあの奇抜なポスターは目に留まりやすい。この日はあまり天気が良くなかったため、又吉氏は演説中に雨が降るのを心配していたようだ。「唯一神のお力で降らなかった」と私が言ったら、とても謙遜していたようだった。

 

 

 その次は4日後。池袋駅東口。私はいつも通り停まっている又吉氏の街宣車を見つける。又吉氏はトイレにでも行きたかったのか、池袋駅構内に入った後暫く出てこなかった。私は彼を待ち続ける。そして出てきた唯一神。演説へ。立ち止まり話に耳を傾けるもいるが、やはり写真を撮るだけという人が圧倒的に多数だ。この日も変わらず経済の話。「トヨタの自家用車を買ったら10年は持つ。その間車は買わない。車に限らず全てのものに適用される。生活が豊かになり、物を持つようになったので日本経済の伸びは止まった。」「現経済の中に組み込まれてるから、経済学者は日本経済が終わってるとか言わない。」他に、この日も脱原発を訴えた。更には「国連事務総長又吉イエスをしないならば、悪い世の中になる。集団で暴力を働くような輩も出てくる」と言い、その後で「国会に出て(当選して)できるだけ早く首相になる」と言っており、一体この人は何になりたいのだろうと思ったものだ。兎にも角にも世界平和を希求しているのだろうか。

 

 

 演説終了後、彼の出身地である沖縄の気候の話なども少し聞けた。沖縄のカラッとした暑さとは違うため(おまけにスーツなので)少し辛かったようだ。とても物腰の低い老人である。やや耳が遠くなっているようで、自分から耳を近づけて私と会話をする。別の日に直接話を聞いて知ったが、中耳炎を治療して少し耳が悪いそうである。

 最後の邂逅は再び新宿西口だ。ここ新宿西口は、又吉氏に限らず様々な候補が街頭演説をするスポットの一つだ。この日はどこかの大手ではないメディアが撮影に来ていたようだった。以前の演説で出てこなかった三種の神器「冷蔵庫」を言えるなど学習しているようだ。内容はいつもと変わらなかったが、私が姿を見せると向うも手を振ってくれていた。通行人の声援に対しては「ありがとう、ホームページも読んでくれよ!」と返していた。まさにポスターの文言「詳しくはホームページ等で熟知すべし」。演説終了後は私以外にもいた聴衆との記念撮影にも快く応じていた。私がここに来る前に期日前投票で1票入れてきたと伝えると、近頃はそういった報告が増えているそうで喜んでいた。私も仕事や別の候補の街頭演説を見物しに行く用事があったため、参院選における又吉氏との交流はこの日で最後となった。

 

 

 

  さて、ここまで選挙期間中ということもあり、又吉氏の演説中に社民党自民党の候補の街宣車が何度か通過していったことがあった。しかし、又吉氏は与謝野氏に罵声を浴びせた際のようなマネは全くしなかった。丸くなったのか、気にしないようにしたのか、それは分からない。

 結果的に又吉氏は6114票を獲得し落選した。その後、又吉氏は昨年の衆院選にやはり東京1区から出馬したが、再び落選した。彼の選挙戦は、これが最後になってしまうのか。

 ある日私は世界経済共同体党の本部(高田馬場)にいつか来てみてくれという話をされた。割りとサブカル好きの人などが顔を出すという。しかし、遂に私がそこに行く機会は失われてしまったようだ。来年の参院選、その際に再び街頭演説に出向き、より彼のことを知ろうと思っていたのだが。

 又吉氏と交流した私の思いとしては、彼は決して「怖い人」ではなかったということである。むしろ聴衆を気遣い、声援にはフランクに応じていた。物腰は低く、紳士的だ。そして、何より使命感を持って活動していたというのが伝わった。彼の政策・主張に賛同するかはともかく、決してふざけていたわけではないのである。これはマック赤坂氏や政見放送界の新星・後藤輝樹氏にも言える。この二人はメディアが「黙殺」するから奇抜な言動をしているという側面もある。一方、又吉氏はそういった意図はなく、ただ「自分の考えは正しいから、世の中を変えたいから」という使命感でああいったことをしていたのかもしれない。それはメサイアコンプレックスかもしれないし、純粋な気持ちからかもしれない。 いずれにしても、彼は「ちょっと個性的な主張を持つ普通の人」であった。

 今は、ゆっくりと休んで長生きしていただきたいものである。

 

メサイアコンプレックスとは

 「救世主(メサイア)コンプレックスに取り憑かれた人間は、病的な全能感に支配され、自分が全人類を救うことができると本気で思い込む。現実認識を失った自己イメージは、際限もなく膨らみ、やがて、キリストや、ナポレオン、マザー・テレサなどの再来を持って任じるようになる。そして、辻説法や、本人にしかわからない奇怪な方法で、『世直し』を行おうと試みたりするが、その大部分は、誇大妄想狂として、周囲から敬遠されるだけに終わる。」(貴志祐介『天使の囀り』)

 

7/2 2:30 一部加筆・修正

7/23 ご冥福をお祈り申し上げます。

黙殺 報じられない“無頼系独立候補

黙殺 報じられない“無頼系独立候補"たちの戦い

 

 

UQ HOLDER!版帰ってきた大麻帆良祭第2部の長いうろおぼえレポートと懐かしのハピマテの振り

はじめに

 ゴールデンウイークが終わった。長い人では九連休だったという。私はと言えば4/27には「信長の忍び」の上映会&トークショーに行ったり、千葉の親戚の家を訪ねて行ったり、『真・三国志妹 俺の妹が刑道栄に転生するはずがない 』という変わったタイトルのラノベを読んで、その中でかつて過ごした三戦板の名前が出ていることを知ったり、色々あった。

 そして連休最終日、5/6は「UQ HOLDER!魔法先生ネギま!2~」の大麻帆良祭のイベントであった。「魔法先生ネギま」シリーズの続編であり、昨年放送されていたアニメのイベントである。キャストが一堂に会するこういったイベントは、この作品に限らず放送終了からやや時間が経ってからあるものだ。会場はニッショーホール。出演者は高倉有加さん(近衛刀太役)、松岡由貴さん(雪姫役)、広瀬ゆうきさん(時坂九郎丸役)、茅野愛衣さん(桜雨キリヱ役)、小倉唯さん(夏凜役)、原田彩楓さん(結城忍役)という面々プラス原作者の赤松健先生、司会が吉田尚記さん。この吉田さん、先述の信長の忍びのイベントでも司会だった。

 私とネギまの出会いは古い。広瀬さんは以前ラジオにて受験勉強の時に「1000%SPARKING! 」を聴いていたと熱く語っていたが、私も年代としては広瀬さんとそう離れてはいないと思ってもらっていい。そんな私が、ある日偶然手に取った漫画がこれだ。それから私はアニメ版(作画や展開に非常に賛否があり否の方が多い)やOVAを見たり、いくつか出ているPS2のゲーム(学力上げるヤツとか体育祭のヤツとか水着のヤツとか)をやったり、2005年に行われた元祖「大麻帆良祭」(キャスト全員+赤松先生が揃った奇跡のイベント、UQが始まる前の番組にてハピマテ地獄と称された休みなしの長い歌唱もある)やその後の「Princess Festival」の円盤を買って見たりしていた。そこから更に近衛木乃香役の野中藍さんのオタクになった私が、彼女のCDや声優誌を買ったりし始めるというのは、また別の話。

 

開場・開演

 さて前置きが長くなったが本題に入ろう。当然録音などは禁止されているため、細かな表現などには違いがあると思うが、ご容赦願いたい。私が行ったのは2部の方だ。会場には3-Aの面々がプリントされたTシャツを着ている人もいたし、かつての大麻帆良祭に参戦した経験のある人も一定数いるようであった。

 私が行った際には、物販のドッグタグは夏凛先輩と九郎丸しか残っていなかった。なぜこの二人だけなのかは不明だが、もっと数を用意しておいて欲しかったものである。

 そして開演。司会吉田さん「キャストがイベント慣れしてる人としてない人がいるので皆さん同じようなノリでやってくれた方がやりやすいです」と挨拶。確かに。それからキャスト陣が登場し、軽く挨拶。広瀬さんは現役本職アイドル(A応P)ということもあり、並ぶと他の人たちよりも背が高いのが分かる。思えば、九郎丸と同じ神鳴流剣士であるネギま桜咲刹那役の画伯こと小林ゆうさんも、背が高い女性だった。席順は、客席から見て左から高倉→松岡→広瀬→茅野→小倉→原田の順。高倉さんは自分をさばさばした女性だと思っているとか。吉田さん曰く「自分でそう言う女性はだいたいそうじゃないが、高倉さんは実際そうだ(さばさばしている)」とのこと。更に吉田さんが茅野さんに「あまり歌ったことないですよね」と言うと茅野さんは「シンフォギアくらいですね」と応じる。客席の一部が盛り上がり、シンフォギア大好きな私も当然盛り上がる。映像収録が入らないので他作品の名前出していいですと吉田さん。茅野さんは髪型とメガネでキリヱ要素。唯ちゃんに対しては「低い声のキャラは珍しい」というような質問。「そうですね」と応じる唯ちゃん。個人的には唯ちゃんの低い声のキャラは他に「ViVid Strike!」のリンネ・ベルリネッタくらいしか知らない。そしてネギま時代からの古参・松岡さんは最初からエヴァンジェリン感のある声。朝、楽屋でハピマテの手の振りをレクチャーしたという話。今では廃れかけていたあの振りが、遂に復活するのか…?と期待が高まる。

 

「BEST COOL」コーナー

 更に原作者の赤松先生も加わり、「BEST COOL」すなわち各キャストが、自分が演じたキャラの中で最もかっこいいと思うシーンを一つ選ぶ、そして赤松先生もそれぞれのキャラのシーンを一つ選ぶというものだ。1部では「BEST CUTE」なシーンを選んだらしい。映像を流す前に、そのキャストがかっこよくセリフを言う。なお、赤松先生は視聴者代表らしい。実際、いやあ○○さん可愛いですねえ、など正直すぎるただのオタクな感想を述べていく。

 最初は松岡さん。一話の橘先生の襲撃により、バラバラにされて血の海に沈んでいる雪姫と刀太の印象的なシーン。赤松先生も同じシーンを選んでいた。松岡さんだけは赤松先生とチョイスが昼夜両部で揃ったようだ。そこで高倉さん、刀太が地面の血を舐める際の「ジョリッ」という音の良さを熱く語る。この話はラジオでもしていたような記憶がある。これは妥当なチョイスである。私でもこのシーンを選んだに違いない。松岡さんは、雪姫とエヴァンジェリンの声の使い分けも実演して見せた。

 次が広瀬さん。5話から、パワフル・ハンドとの戦いの中で、九郎丸の胴体が真っ二つになり電柱が突き刺さるも、それを引き抜き、戦うシーン。赤松先生は九龍さんの姿になっていた九郎丸が刀太の危機に際して超星仔と戦い、髪の色が黒に変わるシーンをチョイス(6話)。個人的には赤松先生のチョイスの方が好きである。広瀬さんは、茅野さんとアフレコの際に席が近かったこともあり、アドバイスを受けていたそう。茅野さんも広瀬さんはとても熱心だったと話す。また、広瀬さんは様々なアニメを見て戦闘の際の声について学んでいたそう。そう言えば、放送当時はTwitterなどに九郎丸の声、水樹奈々さんかと思ったという意見が多くあった。息遣いなどからなんとなく分かる気がしないでもない。

 次は唯ちゃん(原田さんとどちらが先だったか順番があやふやだが)。既にざわつくキャスト陣。選ばれたのは言うまでもなくあのシーン。5話から、夏凛が超星仔を撃破し、「あなたは私の記憶史上トップクラスの変態さんよ」というセリフを残すアレだ。推しキャラの超星仔(ラジオで何度も言っていた)が現れ、コロンビアポーズをとる広瀬さんと、爆笑する松岡さん。当然赤松先生もここをチョイス。吉田さんが「唯ちゃんに変態さんと言われるのはご褒美ですよね」的なことを客席に言い、頷く人複数。唯ちゃんはこのセリフをはっきり覚えているようで、映像を見る前にそらで言えた。「実際(私が)色んな役をやってきた中でトップクラスの変態さんですよね。逢坂(良太)さんの演技から本当に気持ち悪いと思って演じられました。」夏凛を舐める音も逢坂さんがやっていたという。逢坂さん本人が気持ち悪いという話ではないのであしからず。また、唯ちゃんはやられる声などを家で近所の目を気にしながら夜練習していたという。

 続いて原田さん。赤松先生は、このキャラ(忍)に関してはそもそも出番を増やすことを優先させたという。確かに不死者ではないし、戦闘にも加わらない。ゆえに、出番も減ってしまう。原作を圧縮しているので、尺的にもなかなか難しいところだ。原田さんも、可愛いシーンは多いがかっこいいシーンは選ぶのが難しいと言っていた。そして選ばれたのは6話より、バイクが好きという熱い思いと、いつかレースに出たいという夢を刀太に語る場面。赤松先生も同じシーンをチョイス。「忍ちゃんも戦いたいですか?」という問いに「今のままでいい」と答える原田さん。バイクに乗る刀太の手の位置などが話題になったが、高倉さんは「まだそういうこと知らないですよ」と言っていた。そういう気持ちがない人こそラッキースケベに出会えるという話。

 茅野さんは、12話をチョイス。時間稼ぎをするキリヱがカトラスに歯を抜かれる、それに刀太が憤る、原作13巻通りの凄惨なシーンである。なぜこういう演出をしたのか、その意図は?という質問が赤松先生に殺到。刀太の強い思い、感情を表現するためにああしたそうである。茅野さんは演技にも非常に苦労したそうで、絵もまだ完全に仕上がっていなかったのでどこで抜かれるかという点をすり合わせたり、歯を抜かれたのでどのくらいの声でしゃべっていいのか、なども悩んだという。会場では、歯科助手経験のある松岡さんが専門知識を持ち出して色々と披露。とてもいい演技だったという評価をした。茅野さんは、歯を抜かれる役なんてそうそうやらないだろうと言っていた。ちなみに、赤松先生が選んだのは8話のフェイトとの戦いで、キリヱのリセット&リスタートでフェイトを地下空洞に送ることに成功したシーン。

 そして高倉さん(茅野さんと順が逆かもしれないが)。刀太は忍とは逆に活躍するシーンが多すぎて選ぶのが難しいと言っていた。そして選ばれたのは11話の刀太がエヴァンジェリンを抱きしめるシーン。とても感動的なシーンだが、二人とも裸だからね、みたいなことを誰かが言ったので笑ってしまう。また、その中のセリフ「俺が、俺がずっと一緒に歩いてやる!からっと晴れた青空の下に連れてってやる!」に関しても「ネギ先生だったらこういう言い方はしないよね」と言っていた。頷くキャスト陣と客席。ちなみに赤松先生のチョイスは、一話の橘先生を殴るシーンだったらしい。

 

刀太の背中争奪戦コーナーと朗読劇、挨拶

 続いて、「刀太の背中争奪戦」なるコーナーへ。ポイント制で、優勝者には赤松先生がイラストを描くとか。最初は、原田さんを除くキャスト全員で、原田さんの後ろからバラバラのセリフを同時に言い、その中で高倉さんは何と言っているか当てるというもの。原田さん以外のキャストが相談中、司会の吉田さんと赤松先生は「いやあ原田さんは儚い雰囲気が…新人オーディションみたいですね」と言ったのに対し、原田さんも「エントリーナンバー○○」のような返しをしていて、原田「何のオーディションですか」吉田「知らないですよ」と笑わせにかかる。吉田さんと赤松先生は「私だったら合格させますね」というようなことを言っていた。私はこのイベントで初めて彼女を見たが、確かに儚くやや不思議なキャラのように見えた。さて、準備が整い、全員が一斉に言ってみる。原田さんも分からなかったし、客席の多くも分からなかった(もちろん自分も)ようである。その後、もう少しゆっくりなどのやり直しを経て、「幸せにしてやる」「忍付き合ってくれ」というような解にたどり着いた原田さん。しかし、実際は誰も言っていなかった。広瀬さんは役に合わせて「神鳴流奥義」。その他「大好き」「忍、頑張れ」「荷物持ってやろうか(雪姫っぽい松岡さん)」など。その後、「神鳴流奥義」の後にそれらのセリフを連続で言っていき、喜ぶ原田さんの反応を見るという謎ゲームに。一つだけ異質になってしまった神鳴流奥義。さりげなく高倉さんが「忍、付き合ってくれ」と新しく言ったのには盛り上がる。ここでは誰にもポイントは入らず。

 続いて、広瀬さん以外の面々が、今度は後ろから低音ボイスで声をかけるので、高倉さんは何番目かというの当てるもの。広瀬さんは「これまで何本アニメを見てきたと思ってるんですか」と自信満々。楽屋でもこれは自信があると言っていたようだ。準備中、吉田さんとこのキャラとこのキャラの声優同じなの?と昔驚いたという話で盛り上がる広瀬さん。一番驚いたのは、「ビフォーアフターのナレーションとサザエさんの声」だったそう。そしてスタート。茅野さんから死にそうな、ゾンビ映画のような声で「九郎丸…」と言っていく。爆笑する会場。そして一週目では分からなかった広瀬さん。アニメを多く見ていても、この引き出しは知らなかったと語る。しゃがむ、いや床に体を付けたような体勢で、足元のスピーカーに耳を当てるという本気度を見せる。再び茅野さんからスタート。しかしここで松岡さん、言う際に詰まってしまい、その次の原田さんがとてもやりにくい感じに。だが、そこで茅野さんがこっそり背中を支えに行くというフォローをしていたのを確認した。別作品の話だが、茅野さんは水瀬いのりさんと水樹奈々さんがシンフォギアライブで一緒に写真を撮る際、尊敬する人ということでなかなか自分からは言い出せない水瀬さんのために二人の間を仲介したという。とても気配りができる人なのだ。茅野さんの丸みのある声が~となんとなく見破り始めた広瀬さん。観客の反応も伺いつつ、正解に迫ろうとしたが最終的には原田さんと間違え不正解。広瀬さん、「松岡さんは噛みそうにないので噛んだのはゆかてぃ(高倉)さんかと思った」などと言うのでこれには高倉さんも「おいおいゆうゆう(広瀬)私が噛むと思ったのか」的な反応をして、広瀬さんが「いえいえそういうことでは」というやり取りが展開された。この二人、ラジオを一緒にやってきただけあって距離が縮まっている。このお互いの呼称もラジオで生まれたものだ。結局このゲームは原田さんが騙せたということで1ポイント。

 続いて、握手会企画。茅野さん以外のキャスト陣+なぜか入っていく赤松先生が、茅野さんの握手会に来たという設定(詳細な設定は個々人が決めていい)で、茅野さんを最もときめかせた人が優勝というもの。小倉唯ちゃん有利との声が飛ぶ。そして赤松先生はトリへ。

 最初は広瀬さん。茅野さんの握手会に来たという設定。二人とも服で手汗をぬぐい出すのがリアル。広瀬さんが「最近飲んだ中でおいしいお酒ありますか」のような質問をし、茅野さんが「このやりとり先週やったような…」とかやのみのイベントネタを持ち出し笑いを誘う。茅野さんが答えたのに対し、広瀬さんは「じゃあそのお酒買い占めてきてプレゼントするね」と厄介オタクと化して終了。

 続く原田さんは、居酒屋で酒を飲む茅野さんに遭遇したファンという体で。原田さん「茅野愛衣さんですよね…?すごいファンなんです。何を飲んでいるんですか」茅野さん「ビールです」更に「今度飲みに連れてってください」という原田さんに「番組呼ぼうか?」と応じる茅野さん。またしてもかやのみネタで盛り上がる。聞けば原田さん、まだ20歳だという。若い。

 続いて高倉さん。ねるとんパーティーの告白タイムという唐突に持ち出された設定に意外だ、あなたその世代の年齢じゃないでしょという反応をする吉田さん。そして高倉さんは、茅野さんの手を握りに行く。カップルが成立したがさすがにときめかない茅野さん。

 続いてショットバーというやや大人な設定を持ち出した松岡さん。また酒の話かよと吉田さん。茅野愛衣=酒が浸透している。茅野さんは「テキーラ50杯飲んじゃった」といきなり笑いを誘う。そこから松岡さんと茅野さんは誕生日が同じ日(9/14)という話になり、ずっと仲良くしようといういい雰囲気に。その後、アフレコ現場でも誕生日を祝ってもらったという思い出話、そしてまた一緒に祝おうという話。

 ここで真打ち・唯ちゃん登場。茅野さんが唯ちゃんの握手会に来たという設定。唯ちゃん、最初に茅野さんの名前を呼び認知しているということを示す。もう強い。続いて、胸のリボンをわざとほどき、「これ結んでもらっていいですか」と言う。ん??ここで茅野さん、結んであげようとするもマイクを持っていてやりにくいので、唯ちゃんが両手にマイクを持ち、結び終わるのを待つ。それから唯ちゃんが「このことは皆にはナイショだよ」と言って終了。なんだこの子は。強い、強すぎる。会場は一番の盛り上がり。なんというあざとさ、なんという大胆不敵。小倉唯優勝(あの画像)。茅野さんも顔が近くて唯ちゃんが顎を引いたりしているので恥ずかしかったと話す。茅野さんからは百合のみならず、娘のリボンを結んであげているような、母性も感じる。これが某女性声優であれば、もしそういった台本があったとしても、そんなセリフを言いたくないので露骨に嫌な反応を返しただろう(それはそれでこの人は正直であるという気持ちも起こるし、最初は嫌がるという方が面白いのだが)。台本があるのかは知らないが、圧倒的だ。しかし仮に台本があったら、広瀬さん以下、唯ちゃんより前にこれをやってきた人たちのやり方は謎であるが。

 そしてこのタイミングでトリも兼ねて回ってきてしまった赤松先生。ラブコメの王、ということで期待を高める吉田さん。漫画家志望で手がネッチョリしている男性、そんな彼が茅野さんの握手会に来たという設定。吉田さんはスタッフという体で、早くも厳戒態勢。赤松先生、握手。茅野さん「ネッチョリしてる…」それから自分が漫画を描いていることを伝え、もしアニメ化されたら声をやってくださいとお願いしたところで吉田さんによる強制剥がし。完全なネタ枠。「原作者の方と壇上で握手できるのは光栄です」と茅野さん。言うまでもなく優勝は唯ちゃんで1ポイント。この企画を長くやりすぎて時間が押しているので、一つコーナーをなくし、次のコーナーが最後ということに。

 最後は、唯ちゃんがまず決められた位置に立つ。そして彼女以外がくじを引く。そこには何センチ、と距離が書かれている。唯ちゃんが立っている場所から、それはどのくらい離れているかという距離を予想した位置に立ち、その距離が正確だった(誤差が少なかった)人が優勝というものだ。基本的に30センチや50センチ、近い人では3センチ(松岡さん)というものまであるが、最初に吉田さんが赤松先生用に引いたくじに書かれていたのは3メートル。赤松先生をネタ扱いするために吉田さんがわざとこの距離を引いたのかは不明だが、一番最初に決まってしまった。ゆえに、その後唯ちゃんに近づきたい女性陣が(松岡さんなどは唯ちゃんをとても可愛がっていた、唯ちゃん曰く松岡さんはいいにおいがするという)ワイワイやっているのを、赤松先生は遠くから離れて見ているだけというネタとしてはおいしいが、オタク的見地からすればおいしくない役回りに。そしてそれをいじる吉田さん。赤松先生は疲れた熟女が好きだと語ったりしていた。きっと漫画家として売れていなければ、ただのオタクになっていたことだろう。しかし、それではこの日のイベントはおろかネギまの歴史も存在しなかったに違いない。そして、ここではまさかの赤松先生が1センチの誤差という結果に。冷遇された分、勝ちに行っていた。よくここまで当たったものだ。その後の計測で軒並み近すぎる、やや離れているといった結果が出る中、原田さんも1センチの誤差ということで、この企画はダブル優勝に。最終的には、ここまでで2ポイントを獲得した原田さんの優勝となった。

 ここで一旦キャスト陣は下がり、その間ビデオメッセージが放送。最初は雪広みぞれ役・鬼頭明里さん。「ブレンド・S」のイベントへの出演と重なっており、こちらには出席できず。9話から参戦したことなどへの思いを語る。続いて神楽坂明日菜役・神田朱未さん。昔の大麻帆良祭の話や「刀太のおばあちゃんとして」という話など、非常に感慨深いものがあった。かつての大麻帆良祭で先陣を切ったのが神田さんだ。そういえば、昼間にはネギ役の佐藤利奈さんもTwitterでツイートしていた記憶がある。

 続いて、朗読劇へ。狭間の魔女・ダーナのいたずらで、刀太以外のキャラクターたちが赤ちゃんになってしまうというもの。当然赤ちゃんっぽく、言葉もそんな感じでいつものキャラを演じるというレアなものだ。最後は元に戻ったが、服が破れて裸になるのがオチという赤松先生らしいものであった。いつも通りクールで辛辣な夏凛、照れるキリヱ、男性には効果がないという術らしいが、自分が女性判定されていることに複雑な思いを感じる九郎丸など、みんなアニメと同じ声であり、このあたりはさすがである。

 そのままED曲『Steady→GO!!』の歌唱で盛り上がる。ワンコーラスだけなのは勿体ない。

 続くプレゼント抽選会は、サイン入りTシャツ一名サイン入りポスター二名だったが座席抽選でさすがに当たらず。帰りには赤松先生の同人誌が全員に配られるというお土産はあった。

 最後はキャスト陣が一人ずつ挨拶。UQのチーム(現場)が楽しい、またやりたいという話や、キャラへの思い、皆さんを「むのー」と呼んでしまいましたが、などなど。古参の松岡さんは、以前この会場でネギまのイベントをしたという話なども紹介。客席には、その時ここにいた猛者もいるようだ。最後の高倉さんは刀太への思いを語り、涙ぐみながら赤松先生にお願いをする。それを見ている広瀬さんも涙をぬぐっていたのが印象的だ。ラジオなどを通じてできた二人の信頼関係。赤松先生も「講談社さんにOVAとかお願いしようかなあ」と言っていた。高倉さんは、芸歴はそこそこあるが、経歴を見る限りでは、これ以前にあまり大きな役を演じたことがない。アフレコなどでも、「それは刀太じゃない(かっこよすぎる、アホかっこいいを目指せ)」という意見やダメ出しをもらったりしたという話もしていた。刀太たちが声を発したのは、アニメ本放送よりもOVAが先であった。彼女の声に肯定的な意見もあれば、否定的な意見もあった。しかし、この刀太という役への思い、吉田さんが「少年漫画らしい声」と表現していたが、その声で刀太として駆け抜けてきた。改めて、彼女が近衛刀太でよかったと感じた。

 

ハピマテと振り

 そして最後。あの曲を歌わねばなるまい。ハピマテだ。大盛り上がりの会場。そして復活した、あの振り。ややぎこちなさがあったが、それは昔と同じだった。松岡さんは最初の振りの方向までしっかり教えたという。それこそ昔の大麻帆良祭の映像を見てもらえれば分かるが、ワイパーのあの動きは最初は手を上げて自分から見て←からやらねばならない。逆からやってしまうと、不格好だしその後の片手をクロスさせるような振りもやりにくいからだ。これは、堀江由衣さんの「Love Destiny」の手のひらをくるくるさせる振りで、逆にやってしまうと後で困るのと同じだ。ちなみに、ネギまでは佐々木まき絵役だった堀江さんは2009年のアニサマにて茅原実里さんとのコラボでこの曲を歌っている。サビの部分の手の振りは完璧であった。オーディエンスの多くも一緒にこの振りをやっているのが確認できる。他のネギまキャストでは、「EMERGENCY“世界最速”COUNTDOWN LIVE 」(2014年)にて、小林ゆうさんがアレンジ版を振り込みで歌っていたが、手が逆だったように記憶している。しかし、それ以外の部分の振りは全て昔を再現していたので逆にすごい。ちなみに画伯、プリフェスの映像特典にて家で手の振りをどうやったらかっこよく見えるかなどの練習をやりすぎて筋肉痛になったりしたことを語っている。そしてそれを聞いた野中藍さんから「ハピマテの人」になっていいというお墨付きをもらっている。

 ハピマテは今も歌い継がれる曲である。2015年のアニサマではfripSideとスフィアがコラボし、この曲が歌われたが、その際もこの振りが採用されていた。これは完璧である。しかし、現在では少しずつ廃れてきているようにも思う。例えば、2017年に行われた、「KING SUPER LIVE 2017 TRINITY」。かつてのスターチャイルドはなくなれど、キングということもあり、最後にハピマテが歌われた。今回のイベントにも出演していた小倉唯ちゃんに加え、水瀬いのりさん、上坂すみれさんによる歌唱だったが、あの振りは演者も客席側も全くやっていなかった。その前には「経験値上昇中」も歌われたが、そのコールがほぼ死んでいたことを嘆く古参オタクもいた。これは客層の違いもあるのだろう。こちらは比較的若い層が多いということだ。しかしながら、懐古厨としてはやや寂しい気持ちもあった。昔の映像を見れば、演者も、そしてオーディエンスもあの振りをするのが当たり前だと思ってきたからだ。ただ、そういうものだと思っているだけなのだ。その前の「KING SUPER LIVE 2015」では、「ゆいかおり」やかなでももこなど大勢の出演者たちがこの曲を歌唱したが、こちらでは振りをやっている人とやっていない人が入り乱れているという具合である。

 しかし、今回は違った。全員が、あの振りをやったのである。特に松岡さんは完璧だ。年季が違う。客席も、多くの人がすぐに同じ振りを始めていた。松岡さんに感謝しつつ、私もあの振りを他の人の迷惑にならない程度にやった。松岡さんにTwitterでメッセージを送ってみたところ、楽屋でみんながやろうと言ってくれたという。そもそも、最初は歌うだけで振りをやる予定がなかったとか。ある意味、伝統を受け継いだのである。そして振りをレクチャーした松岡さん。松岡さんがいたからこそ、この振りは実現した。「悠久」の時を、過去と現在を繋いだといえる。心から感謝をしたい。懐かしさを感じたオタクは、きっと私だけではないはずだ。

 こうしてイベントは終了した。昔の大麻帆良祭は、大量のキャラソンを大会場で次から次へと歌っていた。今回はそれに比べれば会場も小さい。曲数も少ない。贅沢を言えば、高倉さん、広瀬さんで「輝く君へ」や、茅野さんと唯ちゃんで「1000%SPARKING! 」を歌ってもよかったと思う。OVAのEDになっているし。しかし、それでもここは松岡さんの言うように、ネギまのイベントをかつてやった場所である。最後までとても楽しめた。やはりネギまは私の原点なのだと再確認した。

 

※5/14追記

 yui*roomによれば、唯ちゃんは自分の前がみんなネタに走っていたので、ここで握手会に戻そうと王道のラインで、またポイントも入っていなかったので自分の得意分野で全力でやったとのこと。衣装がちょうどリボンが付いていたので思いついちゃうのが嫌になってくるがやった、そして会場が予想以上に湧き上がって「こんなに効力があるのか」と思ったという。やはり台本ではなかったようだ。恐るべし、小倉唯

 

おまけ

 余談だが、この会場の近くには星条旗が翻るアメリカ大使館がある。私は会場にやや早く着きすぎてしまったため、時間つぶしも兼ねて近くを散策していたのだ。休日だが警備の警官は多かった。現代アメリカ政治をウォッチしている私は、ああそう言えば大使館はここなのか、と思ったものだ。アメリカ大統領として現在も人気が高いJ・F・ケネディは、就任演説にて、次のような言葉を残している。The torch has been passed to a new generation of Americans.(たいまつは、アメリカの新しい世代に引き継がれたのです。)UQでは、引退したキャストを除いて全ての3-Aの声優が再結集した回があった。しかし、今回はそちらはメインではない。UQでは、雪広あやかは生きているが年老いており、曾孫の雪広みぞれがメインを張っている。ネギの最大の理解者・明日菜は刀太のおばあちゃんだと言い、他のクラスメイト達はロボの茶々丸や幽霊の相坂さよなど一部の死なない人々を除いて故人となっている(子孫っぽい子はいるが)。「ネギま」も、UQの原作15巻にて、「結局ネギは誰を選んだんだよ」という最大の問題の答えが示され、真の最終回が描かれた。しかし、UQの物語は、新たなキャラクターを迎え、続いている。新しいキャストたちも迎えて。昔の伝統を引き継ごうとして。思えば、最初のOVAのEDが「輝く君へ」だったし、OPがハピマテだったし、「UQR ネギまHOLDERラジお!」は「カンださん☆アイぽんのネギまほラジお」の後継という位置づけだ(プレ放送第一回のゲストは神田朱未さんと野中藍さんだった)。ネギまの顔であった佐藤利奈さん、神田朱未さん、野中藍さん、小林ゆうさんらも結婚した。非常に残念だが廃業をした声優もいる。あの頃から時間は流れている。

 当然、アニメ版の話の詰め込み方などには不満の声も上がっているが、再びテレビアニメ化がなされることはあるのか。ネギまの魔法世界編のようにOVAで頻繁に出たりするのか。これは分からない。しかし、原作は続いているし、夏凛がメインのOVAの発売も決まっている。この作品は、まだ終わらない。

 

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