憂きまど

タイトルは「憂き事のまどろむ程は忘られて覚むれば夢の心地こそすれ」より。某大学国文学修士の人が趣味丸出しでおくる、アニメや小説の感想を中心になんでも。超気まぐれ更新。読んだ本はこちら→https://bookmeter.com/users/337037 Twitterは→@konamijin

唯一神又吉イエスと私の交流-参院選2016

 さて、久々の更新である。私は宣言通り積読処理をしていた。いくつか書こうと思ったネタはあったが、他に色々とやることがあったため断念していた。そんな中、私のTwitterに飛び込んできたのがこの知らせだ。

政治活動・ホームページ閉鎖のお知らせ

 又吉イエス氏が、政治活動をやめるという。亡くなったのではないのでその点は一安心である。「尚、唯一神又吉イエスの名称と存在は従来通りであります。」で締めくくっている辺り、彼らしさを感じる。

 そもそも皆さんは唯一神又吉イエス(本名:又吉光雄、実際に彼に投票する場合はこの名前を書く必要がある)という人物を知っているだろうか。悪い言い方をすれば、著名な「泡沫候補」である。大きな組織や国会、地方議会に議席を持つ政党などの支援を受けずに様々な選挙に立候補している人物の一人だ。ゆえに、彼らは「どうせ当選しない」「売名目的」などのレッテルを貼られ、テレビなどで取り上げられることはほぼない。畠山理仁氏の『黙殺』は、そういった候補の活動を取材したノンフィクションだ。諸外国と比べて高すぎる供託金、そして供託金を支払っても「主要候補とその他」といったような報道での扱いの格差の問題にも触れており、我が国の「選挙」の在り方について改めて考えさせられる渾身の作品である(又吉イエスは登場しないのであしからず)。私はこの本の出版記念イベントに行き、又吉氏の写真を畠山氏に見せて少し話をしたりしたものだ。

 又吉氏は沖縄県出身で、沖縄の在日米軍基地の地主であるため、そこから選挙資金を調達している(又吉氏はいつも一定の得票数に届かず、供託金を没収されてしまう)。この又吉氏を有名にしたのは、何と言ってもあの奇抜なポスターであろう。黄色と赤の色使いと、大量の文字の中に踊る「○○(対立候補名や当時の小泉首相など)は腹を切って死ぬべきだ」「唯一神又吉イエス地獄の火の中に投げ込むものである」という文言。更には街頭演説。東京1区自民党から出馬していた故・与謝野馨氏に「腹切って死ね!」と言い放つ演説である。なお、又吉氏が出馬するのは衆院選では東京1区と決まっている。与謝野氏と海江田万里氏(立憲民主党)がしのぎを削ってきた選挙区であるが、現在では海江田氏と山田美樹氏(自民党)が競る選挙区だ。参院選は東京都選挙区。過去には地元・沖縄で知事選などに出馬していたようだが、一時期から活動拠点を都内に移している。余談だが、先の衆院選(2017年)ではとある理由でポスターから過激な文言が消えたそうである。

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 さて、ここまで読んで、皆さんは又吉氏にどんな印象を抱いただろうか。「なんかヤバい人」以外の何者でもないだろう。自らを唯一神と称している上に又吉イエスという名前からして、カルト宗教の教祖のようでヤバそうだ。できれば近寄らない方がいい人だと思うかもしれない。

 又吉氏との最初の邂逅は、参院選よりも前の新宿某所であった。又吉氏の街宣車は、スタッフが運転している場合もあるし、自身で運転している場合もあるがその時は後者であった。その時は選挙期間中ではなかったため、車から宣伝テープを流しているだけであった。

 そして時は流れ2016年の参院選。やはり東京都選挙区から出馬した又吉氏の街頭演説に、私は幾度も足を運んだ。ネットでマック赤坂氏や外山恒一氏らの政見放送を見て笑っていた私は、彼らと同じカテゴリ(泡沫候補というカテゴリ、前述の畠山氏は無頼系独立候補という失礼のない敬意も込めた呼称を用いている)に入る又吉氏を、一度見てみようと思ったのだ。合わせて、私はこの参院選与野党の候補関係なく街頭演説巡りをするという酔狂なことをやっていた。私にとって選挙期間中の街頭演説は、有名な政治家に会える、話をタダで聴ける上に握手や動画・写真撮影までできる最強無銭イベントだ。必要なのは交通費のみ。様々な候補の演説の予定や応援弁士を調べ、一日に複数の街頭演説をはしごするのもよくあることだ。特に参院の東京都選挙区は立候補者の数も多く、都内全域が一つの選挙区になっている。

 又吉氏の街頭演説予定は公式ホームページにアップされていた。夕方頃、一度だけやるという日がほとんどだ。その時間に合わせてその場所へ行けば会えるはずだ。私はそう思い、現地へと向かった。告知されていた秋葉原に着き、通りを歩いていると、あの特徴的な声が街宣車から聞こえてくる。黄色地に赤で「マタヨシ」と書かれた目立つ車両だ。まるで二郎インスパイアだ。演説予定の場所に車が停まる。もちろん又吉氏は選挙に出馬しているのだから、ただ誰かに「腹を切って死ね」などという暴言を好き放題言っているだけではないはずだ。しかし、私は彼がどういった政策を持っているのか全く知らなかった。夏の暑い中、水の入ったペットボトルを持って街宣車に上がった唯一神は、マイクテストを自分で行い、聴衆を気遣ったりする。暑くともスーツを着てネクタイを締めている。当然、日傘なども差さない。聴衆は私を含めて4、5名といったところだ。

 そして始まった彼の演説であるが、基本的に毎回内容は若干違えど要旨はほぼ同じである。本人もある日演説終わりに話しかけた際に「何度も来て頂いてありがたいが、あまり演説のパターンがない」と言っていた。演説を前半と後半に分けると言い、独特のイントネーションで力強くしゃべる。前半では今の経済がいかに終わっているかを説明し、後半では彼の率いる世界経済共同体党によって「共同の所有、生産、消費性経済」を実現させねばならないという主張を展開する。これは共産主義ではないかという意見もあろうが、本人はそうではないということを力説した日もある。「日本人の特色、勤勉さ。まとまり、組織力。生産技術がある。ならば唯一又吉イエスの世界共同体日本、それが最高、質的には最良の経済を運営できる。」とのこと。演説の前半と後半の間には、水分補給タイムが設けられる。他に、「自分を大切にするように、他人を大切にする」という価値観を最も重視しているという話や、「金が第一、金が全てという考え方が罪、犯罪の原因」であるという主張を展開する。実に道徳的だ。他人に向かって腹を切れなどと言っていた人とはとても思えない。秋葉原ということで、彼を知っているオタクも多いのか、少しずつ聴衆は集まり、立ち止まって聴く人は20人ほどになる。ただ、それでも物珍しいということで写真を撮るだけの人が目立つ。撮影が終われば去っていく人の方がはるかに多い。何かのビラを配っている若い男が私に「あの人は有名なのか?」という趣旨のことを尋ねてきたので、私がなんとなく又吉氏のことを説明する。又吉氏は通行人の「又吉さん頑張ってください!」の激励の声に、「私の使命ですから。がんばります」と応じている。

 演説時間は前半と後半合わせて一時間ほどで、終盤ではお馴染みの「地獄の火の中に投げ込むものである」というフレーズを放ち、最後にボランティアの募集の話をする。「お願いをいたします。東京選挙区、当選すべく頑張っています。ボランティアの皆さんが必要です。それなくして唯一神又吉イエス参院選はない。世界経済共同体党もない。ホームページをご覧いただいて、お電話をしていただいて、ポスターはりなどお願いします。高いところから失礼しました。長い間ありがとうございました。」これで終わりである。この日は私は又吉氏に声を掛けるといったことはせず、「なるほど、これが又吉イエスか」と思いそのまま帰った。

 以下は又吉氏の前説。秋葉原ではなく別の日のものだが、独特のイントネーションが十分に伝わるだろう。

 

 

 家で公式ホームページの政策・主張を見てみると、同性愛者に関する話などは現職議員であれば国政・地方問わず明らかに差別だということで「炎上」するであろうようなものが載っていたりする。

 さて、次に私が又吉氏に会ったのは、秋葉原での街頭演説の三日後だ。この日は上野駅日本のこころを大切にする党や「支持政党なし」という名前の政党の街宣車が行き交う中、又吉氏の車が現れる。72歳の又吉氏だが、背中は全く曲がっておらずすらっとしているのが印象的だ。

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 この日も最初にマイクテストを自ら行い、いつも通り経済関係の話を中心に自身の主張を展開する。この日はシャープ買収や二日前のイギリスのEU離脱、中国人観光客による爆買いなど、時事ネタを織り交ぜて話していく。自身の主張を補完するためのネタを少し仕入れてきたようだ。「イギリスがおとといヨーロッパ経済連合から脱退した。労働者たちとの軋轢もあるが、困っているからだ。」「持たざるものだから中国人がやって来ての爆買いはとてつもない購買力を発揮している。日本は持てるものなので現在は購買力が下がっている。」通行人が小声で「『火花』読みました」と言って通り過ぎていく。名字が同じということで、言うまでもなく又吉直樹氏と掛けたネタである。それから暫く話し続け、途中で喉が渇いたと言い水分補給を挟む。この時間は聴衆側もいい機会なので水分を補給する。この日は自分はアカ(共産主義者)ではないと言い、マルクス批判なども展開した。「車を走らせていたらアカという声が聞こえてきた。そんなことあるわけないだろうと言ってやった。」そして安定の「地獄の火の中に投げ込む」くだり。このフレーズは終盤に一度だけ用いるというパターンが分かってくる。この日も通行人からの激励の声には「センキュー!ありがとう」と応じる。演説終了後、街宣車を降りた又吉氏は聴衆に挨拶と握手をしにやって来る。定番のちょっとした交流会だ。又吉氏は聴衆に「お住まいは都内ですか」と尋ねていく。東京は近隣の県から遊びに来たという人も当然多い。都民でなければ投票はできないため、「私に投票してくれることが可能ですか?」と聞いているのだ。私ともう一人の人が最初から最後まで聞いていたので、「大変心強かった」と言ってくれた。以下はその際に撮影した写真である。

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 さて、次はその二日後。場所は新宿駅西口。一昨日会ったばかりだったので、私のことを認知していてくれたようである。私が街宣車に向かうと、彼の方から声を掛けてきてくれた。演説では家電の三種の神器の一つ・冷蔵庫を忘れて聴衆に尋ねるなどしていた。最初の秋葉原の演説でも公明党の代表(山口那津男氏)の名前や民進党代表(岡田克也氏)の下の名前をド忘れしていたようだった。しかし唯一神、経済の話ばかりするが経済至上主義というわけでもないらしい。この日は「安倍晋三が経済だと言うなら、違うよ、人だよと言いたい。」という名言を残した。これは「自分を大切にするように、他人を大切にする」ことの一つだろうか。更にこの日は「民主主義を又吉主義に変える」と言い出したため、たまたま近くで何かの待ち合わせをしていた青年が「この人は何を言っているのだろう」とつい笑ってしまったようだ。他には近くでギターを弾く青年がいた。この青年は場所選びを間違えたのではないか。なお、又吉主義というのは前述の「自分を大切にするように、他人を大切にする」という価値観を基盤としたものを指す。

 終盤では再びボランティア募集の話。「ポスターを貼ってる掲示板が1つ増えたら得票が増えると確信している」とのこと。確かにあの奇抜なポスターは目に留まりやすい。この日はあまり天気が良くなかったため、又吉氏は演説中に雨が降るのを心配していたようだ。「唯一神のお力で降らなかった」と私が言ったら、とても謙遜していたようだった。

 

 

 その次は4日後。池袋駅東口。私はいつも通り停まっている又吉氏の街宣車を見つける。又吉氏はトイレにでも行きたかったのか、池袋駅構内に入った後暫く出てこなかった。私は彼を待ち続ける。そして出てきた唯一神。演説へ。立ち止まり話に耳を傾けるもいるが、やはり写真を撮るだけという人が圧倒的に多数だ。この日も変わらず経済の話。「トヨタの自家用車を買ったら10年は持つ。その間車は買わない。車に限らず全てのものに適用される。生活が豊かになり、物を持つようになったので日本経済の伸びは止まった。」「現経済の中に組み込まれてるから、経済学者は日本経済が終わってるとか言わない。」他に、この日も脱原発を訴えた。更には「国連事務総長又吉イエスをしないならば、悪い世の中になる。集団で暴力を働くような輩も出てくる」と言い、その後で「国会に出て(当選して)できるだけ早く首相になる」と言っており、一体この人は何になりたいのだろうと思ったものだ。兎にも角にも世界平和を希求しているのだろうか。

 

 

 演説終了後、彼の出身地である沖縄の気候の話なども少し聞けた。沖縄のカラッとした暑さとは違うため(おまけにスーツなので)少し辛かったようだ。とても物腰の低い老人である。やや耳が遠くなっているようで、自分から耳を近づけて私と会話をする。別の日に直接話を聞いて知ったが、中耳炎を治療して少し耳が悪いそうである。

 最後の邂逅は再び新宿西口だ。ここ新宿西口は、又吉氏に限らず様々な候補が街頭演説をするスポットの一つだ。この日はどこかの大手ではないメディアが撮影に来ていたようだった。以前の演説で出てこなかった三種の神器「冷蔵庫」を言えるなど学習しているようだ。内容はいつもと変わらなかったが、私が姿を見せると向うも手を振ってくれていた。通行人の声援に対しては「ありがとう、ホームページも読んでくれよ!」と返していた。まさにポスターの文言「詳しくはホームページ等で熟知すべし」。演説終了後は私以外にもいた聴衆との記念撮影にも快く応じていた。私がここに来る前に期日前投票で1票入れてきたと伝えると、近頃はそういった報告が増えているそうで喜んでいた。私も仕事や別の候補の街頭演説を見物しに行く用事があったため、参院選における又吉氏との交流はこの日で最後となった。

 

 

 

  さて、ここまで選挙期間中ということもあり、又吉氏の演説中に社民党自民党の候補の街宣車が何度か通過していったことがあった。しかし、又吉氏は与謝野氏に罵声を浴びせた際のようなマネは全くしなかった。丸くなったのか、気にしないようにしたのか、それは分からない。

 結果的に又吉氏は6114票を獲得し落選した。その後、又吉氏は昨年の衆院選にやはり東京1区から出馬したが、再び落選した。彼の選挙戦は、これが最後になってしまうのか。

 ある日私は世界経済共同体党の本部(高田馬場)にいつか来てみてくれという話をされた。割りとサブカル好きの人などが顔を出すという。しかし、遂に私がそこに行く機会は失われてしまったようだ。来年の参院選、その際に再び街頭演説に出向き、より彼のことを知ろうと思っていたのだが。

 又吉氏と交流した私の思いとしては、彼は決して「怖い人」ではなかったということである。むしろ聴衆を気遣い、声援にはフランクに応じていた。物腰は低く、紳士的だ。そして、何より使命感を持って活動していたというのが伝わった。彼の政策・主張に賛同するかはともかく、決してふざけていたわけではないのである。これはマック赤坂氏や政見放送界の新星・後藤輝樹氏にも言える。この二人はメディアが「黙殺」するから奇抜な言動をしているという側面もある。一方、又吉氏はそういった意図はなく、ただ「自分の考えは正しいから、世の中を変えたいから」という使命感でああいったことをしていたのかもしれない。それはメサイアコンプレックスかもしれないし、純粋な気持ちからかもしれない。 いずれにしても、彼は「ちょっと個性的な主張を持つ普通の人」であった。

 今は、ゆっくりと休んで長生きしていただきたいものである。

 

メサイアコンプレックスとは

 「救世主(メサイア)コンプレックスに取り憑かれた人間は、病的な全能感に支配され、自分が全人類を救うことができると本気で思い込む。現実認識を失った自己イメージは、際限もなく膨らみ、やがて、キリストや、ナポレオン、マザー・テレサなどの再来を持って任じるようになる。そして、辻説法や、本人にしかわからない奇怪な方法で、『世直し』を行おうと試みたりするが、その大部分は、誇大妄想狂として、周囲から敬遠されるだけに終わる。」(貴志祐介『天使の囀り』)

 

7/2 2:30 一部加筆・修正

7/23 ご冥福をお祈り申し上げます。

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