憂きまど

タイトルは「憂き事のまどろむ程は忘られて覚むれば夢の心地こそすれ」より。某大学国文学修士だった人が趣味丸出しでおくる、アニメや小説の感想を中心になんでも。絵を描けない私は文を書く。超気まぐれ更新。読んだ本はこちら→https://bookmeter.com/users/337037

「ひとりだけどひとりでない空間」のすすめ

 「ヘタウマ」な漫画を描き、最近はテレビ出演も多い蛭子能収さん。そんな蛭子さんの著書に、『ひとりぼっちを笑うな』という本がある。

 

 

 この本では、蛭子さんが自身の思うこと、経験などに触れ、一人で自由に生きることについて様々に意見を書いている。最初に、蛭子さんは内向的過ぎるのもダメだし、別に外向的であることを否定していないという点は断っておこう。

 本の中で、私が非常に共感できる部分がある。「ひとりだけどひとりでない空間」という項だ。どういうことか。蛭子さんは、自分が高校時代に美術部に入っていたというエピソードを紹介。そして、各自がほとんど会話もせず、黙々と絵を描く作業をしているという時間が、「僕にとってはなによりも充実のときだった」と振り返る。

 

 「それはそれは、静かなものですよ。でも、ひとりきりで描くよりも、そうやってみんなで集まって描くほうが、なぜか作業がはかどるんですよね。」

 

 そのうえで、蛭子さんは「ひとりひとりを取りだしてみたら、それは孤独に作業をしているということになるのかもしれない。でも、その孤独は悪い孤独ではないというか、少なくとも、ひとりぼっちな感じはまったくしないんですよ」と述べている。

 他にも蛭子さんは家ではなく図書館に出かけて勉強をするという行為も似たようなものだと言い、自分が競艇場や映画館に行くこと、それも「ひとりだけどひとりじゃない」空間であると説く。図書館に関しては、「個々が目指す具体的な目標はバラバラでも、「勉強をする」という大きな目的においては共通する集団のなかに、あえて自分の身を置いてみる」ことで、勉強がはかどるのではという解釈をしている。

 なるほど、図書館では、自分の他に勉強している人はふつう顔見知りではないし、わざわざ声をかけたりもしないだろう。それぞれが黙々と勉強に精を出す。しかし、「大きな目的においては共通する集団」に自分も自然と所属しているということになる。それが自分の集中力を高めることにも繋がるのだと。蛭子さんが他に例示した「競艇」はギャンブルを楽しむという目的があり、「映画館」は同じ映画を見るという目的がある。個々人は顔見知りでも何でもなくとも、やはり同じ方向(目的)を向いているのだ。蛭子さんは、自分は昔からこういう場所を自然と見つけ出してきたから、孤独を感じずにいられたのかもしれない、とこの項を結んでいる。

 私が思い浮かんだ例は、まずライブだ。当然一人で行くことも多い。いざ開演すれば、多くの人はステージの演者に注目する。そして、ライトを振るなりコールをすることで、盛り上げる。自然と観客側に一体感が生まれてくるのだ。ライブを楽しむ人々=「大きな目的においては共通する集団」であろう。

 他に、コミケなど同人誌の即売会。そういえば、『干物妹!うまるちゃん!』の小説版にて、切絵ちゃんが師匠のためにコミケに行くという話がある。そこで、コミケについてこんな描写がある。

 

 「版権キャラの卑猥な姿が見たい!そんじょそこらじゃ見られないエロスを堪能したい!そう考える人間は、結構な数に及ぶらしい。この異常な混雑ぶりを見ていればそれもわかる。」

 

 そういったジャンルのものばかりではないということはこの後に語られるが、つまりはそういうことだ。己が欲望・目的のために押し合いへし合いが生まれたりする混沌の地である。個々人の求める獲物は違えど、目的は共通しているのである。何より、あの夏・冬の祭りに参加している!という一体感を感じる人もいるのではないか。ライブやコミケが終わった後は、どこか寂しく感じたりするものだ。

 それは、こうしたイベントは、学校や仕事とは異なる「非日常」の行事であり「ハレ」だからだろう。そして、それは自分で率先して参加する。嫌々参加させられる行事に対しては「寂しい」という思いなどは起きず、「早く終われ」という思いしか残るまい。蛭子さんが例に挙げた「勉強」は嫌々の場合もあるだろうし、日常の風景かもしれない。しかし、家に籠って勉強するのと、外の図書館に出かけていくのと。家は毎日同じ風景しか見られない。しかし、図書館への行き帰りの道、中の雰囲気。どこか違うという発見があるかもしれない。何より、「図書館で勉強する」という行為は、「自分で率先して」その場所に行っているということだ。

 私も蛭子さん同様、一人で何かそういったイベントに参加しても、孤独を感じることはない。「大きな目的においては共通する集団」に自然と所属しているからだ。もちろん誰かと参加する場合も、それはそれで別の楽しみがある。しかし、そう毎回お互いの都合が合うわけでもない。皆さんも、ぜひ「ひとりだけどひとりでない空間」の存在に気づいてみてはいかがだろうか。

 

 さて、このブログであるが、次回更新は未定である。飽きたというわけではない。ひとまず自分の頭の中にあった構想が、全部文章化されたということだ。そのうち思いつくのだろうが、今は特にない。積読も読まねばならないし、他にもやることがある。本を読み、自分の中の知識もアップデートしていかなければ、ネタも生まれないというものだ。

 もし、何かネタをもらえれば、それで書こうと思う。遠慮なく言ってもらいたい。

 

干物妹!うまるちゃん N (JUMP j BOOKS)

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