憂きまど

タイトルは「憂き事のまどろむ程は忘られて覚むれば夢の心地こそすれ」より。某大学国文学修士だった人が趣味丸出しでおくる、アニメや小説の感想を中心になんでも。超気まぐれ更新。読んだ本はこちら→https://bookmeter.com/users/337037 Twitterは→@konamijin

積読はなぜ増えるのか考えよう―積読の種類

 以前の記事で、積読について様々に述べた。

 

konamijin.hatenablog.com

 

 では、そもそも積読はなぜ増えるのか。「それはお前が前に買った本を読み終わってもいないうちから新しいのを買うからだろう」で終了かもしれない。今回はこのくらいにしておこうと言いたいところだが、確かに「前に買った本を読み終わってもいないうちから新しいのを買う」という行為が原因であることは疑う余地のない事実である。今回は、そのことについて、もう少し細かく見て行こうというわけだ。

 自分の積読リストを見ていると、あることに気づく。積読にも種類がある、ということだ。どういうことか、説明していこう。

 

①内容が複雑、難しい学術書・新書

 まずはこれだ。学術書や、中公新書など安価でコンパクトでありながら内容がしっかりした新書がこれに当てはまる。新書に関しては、この「安価でコンパクト」という点が逆に曲者だ。学術書のように一冊何万円もするものではないので、値段に悩むことなくすぐに買ってしまうというわけだ。更に、コンパクトなので置き場所にも困らないときた。そして、以前の記事にも書いたが、本を読むという行為は時間・体力を消費するものだ。せっかく読むからには、内容をしっかり理解していきたい。書かれている内容を反芻しつつ読むと、その本を読むのにかかる時間はより長くなる。厚みのある学術書・新書であるならば当然である。こうして、「まとまった時間ができたらいつか挑もう」と思っているうちに、読む機会を失していくのである。学術書に関しては、とりあえず資料としていつか使えそうだと思って買う。すると、いざ使うという時にすぐに見れる、という安心感を得られるのである。

 

②上下巻ないし上中下巻で完結の小説

 次はこれだ。上下巻完結の小説は、まだ先ほどの①と比べれば楽な方だ。上巻を読んでみて、面白ければそのまま下巻へとすんなり入っていくことができる。しかし、上中下巻ともなると、やや気後れするかもしれない。上中下巻にとどまらず、4巻、5巻と続いていく小説(ライトノベル含む)は、1巻が面白くなければそれ以降の巻を読むのをやめる。ゆえに、自分が面白いと思ったものしか残らない。しかし、上下巻ないし上中下巻で完結しているものは別だ。私の場合、「既に完結していて二冊ないし三冊だ」という理由から、最初にとりあえず全部買ってしまう。買った瞬間は面白そうだと感じていたはずなのに、いつの間にか積読化してしまう。

 

③冒頭だけ読んで入っていけない、合わないと思った本

 これは以前の記事において、花澤香菜さんも言っていたものだ。表紙の裏の説明や、他の人のレビューを見て面白そうだと思って買ったはいいものの、いざ読んでみたら「合わない」と思い読むのを止めてしまうもの。これまで読んだことのない作家の小説に手を出した時などに特に起こりやすい現象である。それで、自分が好きな作家の本などに逃げてしまうというわけだ。その人の作風や文体なども知っているから。

 また、これは小説に限った話ではない。よく知らない時代の歴史などに興味を持った場合。自分がよく知っている、好きな時代の歴史の本であれば、知識などもあるため読みやすい。しかし、そうではない時代や国について知るために本を読む場合。これは知識がない。せいぜい断片的に人名などを知っている程度だろう。だから、なかなか入って行けず、最初だけ読んで別の機会に回してしまうというものだ。

 

④途中まで読んだが、しばらく放置してしまった本

 これは③の派生形かもしれない。途中まで結構楽しく読んでいたのだが、仕事などが重なり、読む時間がなくなってしまった。それで、しばらく放置した結果。久々に手に取ると、その本の内容を忘れはしなくとも、以前栞を挟んでいた途中から読むと、なんだかモヤモヤとした気分になるのである。この感覚、分かる人と分からないという人がいるに違いない。しかし、また改めて最初から読むのも億劫というものだ。最終的に、また暫くしてから読もうという判断によって、その本は肥やしになっていく。

 

⑤書かれている情報が古くなってしまった本

 これは時事問題、政治などを扱った本に目立つ。言うまでもなく、時間は流れていく。その時間の中で、世の中には日々動きがあり、変化する。しかし、その話題が旬であった時期に出版された本はどうだろう。その本に書かれた内容は、変化=アップデートされない。出版された当初に何らかの理由で読まずに放置した結果、その本に書かれている情報は古い=現実の状況に追い付いていない、ということで読まれなくなるということだ。こういった本は鮮度が一番、買ったらすぐ読めということだ。

 

 以上、①から⑤まで、積読の種類について考えてみた。上記以外の分類があるという方も、もしかしたらいるかもしれない。私も昔、やや特殊な例があった。移動中や待ち時間に読もうとかばんに本を入れておいた。ある日、突然の大雨に遭ってしまった。傘は持っていなかった。それで、本が濡れたのである。破れた、インクがにじんで読めなくなった、という状況にはならなかった。しかし、乾かしてもゴワゴワの状態になってしまい、気分的に嫌になってしまったのである。こんな理由もあるものだ。

 ゲームや映画など、今は他のことが面白いので本を読もうという気にはならない、疲れて本を読む気が起きないという時期もある。以前も似たようなことを書いた気がするが、本を読むことは楽しいが、同時に体力がいることでもあるのだ。それでも我々は、地道に積読と向き合っていく。

 だから、最後はやはりこんな記事を書いてる暇があったら1ページでも読めという結論に至るのである。将棋の羽生善治氏の本をいくつか積んでいるので、そこから読んでみるか。