憂きまど

タイトルは「憂き事のまどろむ程は忘られて覚むれば夢の心地こそすれ」より。某大学国文学修士だった人が趣味丸出しでおくる、アニメや小説の感想を中心になんでも。絵を描けない私は文を書く。超気まぐれ更新。読んだ本はこちら→https://bookmeter.com/users/337037 Twitterは→@konamijin

崇徳院と戦姫絶唱シンフォギアの風鳴翼―後編:翼と八紘、訃堂から崇徳・鳥羽まで

 前回の記事では、崇徳院の出生に関する問題を、史料や先行研究をもとに整理した。父親の鳥羽院との関係についても述べた。

 

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 さて、今回は『戦姫絶唱シンフォギア』シリーズにおける、風鳴翼の出生と父親との関係について述べていきたい。翼は、自らを人類守護のための「防人」であると位置付ける。GX(三期)では、錬金術師と戦うことになる。 

 まず、風鳴家について説明する。翼の父は風鳴八紘(かざなりやつひろ)、八紘の弟に風鳴弦十郎(かざなりげんじゅうろう)、八紘と弦十郎の父親は風鳴訃堂(かざなりふどう)である。翼から見ると、訃堂は祖父にあたる。八紘は内閣情報官。弦十郎は、翼も所属する超常災害対策機動部タスクフォース組織・S.O.N.G.の司令。この組織については、公式用語集を参照していただきたい。

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 訃堂はGXでは名前とうっすらとした姿のみ登場。この人物が作中で実際に話すなどするのは、次のAXZを待たねばならない。彼はS.O.N.G.の前身組織の司令だったが、その座を弦十郎に譲り渡してからも、日本の国防政策に対して大きな発言力を持つ重鎮であるようだ。

 さて、シンフォギアGX第9話「夢の途中」を視聴していない読者の方は、「崇徳院と何の関係があるのか」と思われるかもしれない。先に言ってしまおうかと思ったが、初見の人は知らないで読んだ方がいいだろう。だいたい予想できそうだが。

 まずは、その9話をみていこう。S.O.N.G.は、敵の錬金術師の狙いを割り出した。その中には、翼の実家である屋敷も含まれていた。そこにある「要石」の破壊が目的である。派遣されたのが翼とマリア、そして風鳴家に仕えている忍者の家の末裔で、翼のマネージャーの緒川。屋敷に到着した際、八紘は緒川とマリアには声を掛けるが、翼には一言も触れずに去っていこうとする。翼は「お父様!」と呼びかけ、

 「沙汰もなく、申し訳ありませんでした。」

と詫びる。一方で、八紘は翼に背を向けたまま、

 「お前がいなくとも、風鳴の家に揺るぎはない。務めを果たし次第、戦場(いくさば)に戻るがいいだろう。」

 このように応じる。終わったらさっさと帰れと言っており、極めて冷淡である。マリアはその態度に憤慨し、

 「待ちなさい!あなた、翼のパパさんでしょ?だったらもっと他に…」

 このように非難するが、翼は「マリア、いいんだ…」と止める。「でも!」と食い下がるマリアに、翼はなおも「いいんだ…」と寂しげに声を掛ける。この時点では、マリアも、そして視聴者も、なぜこんなに二人は不和のように見えるのか、という理由を知らない。

 その直後、敵の錬金術師の送り込んだ自動人形・ファラが襲撃に来る。そこで翼は八紘に対して「ここは私が!」と言い、八紘も「うむ、務めを果たせ。」と応じる。ここでは先ほどよりはまだ淡々としていないが、当たり前のことをやれ、と言っているだけのように聞こえる。翼はファラに敗れ、要石も破壊されてしまう。ファラは「目が覚めたらまた改めてあなたの歌を聴きに伺います」と翼に伝えるように言い、撤退。

 目覚めた翼に対し、八紘が呼んでいると呼びかけるマリア。翼たちは、次の敵の狙いについて話し合う。そして、八紘は、こう声を掛ける。

 「翼。傷の具合は?」

 ここで翼は、やや意外そうな顔をする。まさか自分を気遣うような言葉を掛けてくれるとは思っていなかったのか。翼は、「はい。痛みは殺せます。」と応じる。さて、問題はここからだ。八紘は、

 「ならばここをたち、しかるべき施設にて、これらの情報の解析を進めるといい。お前が守るべき要石はもうないのだ。」

 と言う。またマリアが怒る。

 「それを合理的というのかもしれないけど、傷ついた自分の娘にかける言葉にしては、冷たすぎるんじゃないかしら。」

 翼は「いいんだマリア。…いいんだ。」とまた寂しげである。部屋を出た後も、マリアは「家族のつながりをないがしろにして!」と怒る。マリアは自身の境遇から、こういうところを大事にする。翼は「すまない。だが、あれが、私たちの在り方なのだ。」と答える。翼は自分の子供の頃に使っていた部屋に、マリアを案内する。翼は一期の頃から部屋の片付けが苦手であるという設定がある。この部屋も、そのまま散らかりっぱなしであった。翼は「幼い頃にはこの部屋で、お父様に流行歌を聞かせた思い出もある。」としみじみと語る。確かに部屋にはマイクなどが置いてある。翼の幼少期は、八紘は翼を遠ざけてはいなかったということか。この点は後ほど。

 そして翼は、語り始める。

 

 「私のおじい様、現当主の風鳴訃堂は、老齢の域にさしかかると、跡継ぎを考えるようになった。候補者は、嫡男である父・八紘と、その弟の弦十郎叔父様。だが、おじい様に任命されたのは、お父様や叔父様を差し置いて、生まれたばかりの私だった。理由は聞いていない。だが、今日まで生きているとうかがい知ることもある。どうやら私には、お父様の血が流れていないらしい。風鳴の血を濃く絶やさぬよう、おじい様がお母様の腹より産ませたのが、私だ。」

 

 そして昔の回想。幼い翼に対し、八紘は「お前が私の娘であるものか!どこまでも汚れた風鳴の道具に過ぎん!」と辛辣な言葉を浴びせる。この点、『古事談』にある、鳥羽が崇徳を自分の子ではないと知り、「叔父子」と呼んでいたという点と重なる部分があると思う。ちなみに、八紘と翼のこのやりとりは、これ以前の第6話においても、翼の精神世界の描写として存在する。

 翼は更に語る。「以来私は、お父様に少しでも受け入れてもらいたくて、この身を人ではなく道具として、剣として研鑽してきたのだ。」つまり、「風鳴の道具」として生きるようにした、ということだ。務めを果たす。それこそが、父親に受け入れられるための道なのだと。翼は、寂しさの中に自嘲気味な感情を内包させる。「なのに、この体たらくでは、ますますもって鬼子と疎まれてしまうな。」

 余談ではあるが、騙されて譲位をさせられた後の崇徳も、鳥羽と、自分が退位させられる原因となった美福門院(近衛天皇の母)と流鏑馬を見るために同席するなど、ある意味「受け入れられるための努力」をしているようにも感じられる。

 前回の記事で、崇徳院は、鳥羽院ではなく白河院の子であるとする説を紹介した。繰り返しになるが、白河院の子が堀河天皇堀河天皇の子が鳥羽院、そして鳥羽院の子が崇徳院である。シンフォギアでは、翼の父は八紘ということになっているが、実は訃堂の子である、という話が語られるのである。訃堂は八紘(訃堂から見れば息子)の妻を孕ませ、その結果生まれたのが翼。

 親子関係を表すと、崇徳の場合は白河―堀河―鳥羽―崇徳であり、シンフォギアの場合は訃堂―八紘―翼であるため、崇徳院の方が間に介在する人物が一人多い。白河法皇の場合、孫の妻にした女性を孕ませた。仮に、崇徳が白河法皇と待賢門院璋子の子であるとする説を採用するならば、それは「性愛」の結果でしかなかっただろう。一方で、シンフォギアでは「自身(訃堂)の血を濃くするため」という明確な理由がある。翼の母については詳しく語られず、登場もせず名前もわからない。既に病気か何かで亡くなっているのだろうか。

 しかし、やや疑問に思われる方もいるかもしれない。八紘は訃堂の嫡男、実子ではないか。それで「血の濃さ」を求めたというのはどういうことか、と。私もこの点はよく分からなかった。説明がなされていないからだ。強いて理由を考えるならば、八紘の妻は風鳴家の親戚であったということか。一方、訃堂との間に八紘・弦十郎をもうけた女性は、そうではなかった。ゆえに、「同じ一族で契ることが血の濃さにつながる」ということで、八紘の妻(風鳴家の人間と仮定)と契ったのだろうか。この点、あくまで仮説であり、5期で今後明らかになるかもしれない。八紘が実は入り婿でその妻の方が訃堂の娘だとか、そういう説は介在しえないと思う。後で紹介する公式用語集の八紘の項目にも、「父・訃堂」と書かれている。

 血の濃さというものは確かに重要だ。例えば、近親婚。これを続けることより、偶にとんでもなく卓越した人が生まれることがある、という話を昔中世の教授から聞いたことがある。天皇家などがそれだ。

 もう一つ、仮説を立ててみよう。訃堂から見れば、八紘と弦十郎、どちらも「当主」と認めるに足る器ではなかった(個人的にはどちらも有能な人物だと思うが)。これではいかんと思った訃堂が、別の当主候補を欲した。そこで、自ら今度は八紘の妻に手を出したという説だ。これもまた仮説であるため、実際はどうか分からない。

 四期であるシンフォギアAXZの5話。八紘、弦十郎と共に、訃堂のもとへ状況報告に向かった翼。翼に対して訃堂は「まるで不肖の防人よ。風鳴の血が流れておりながら、嘆かわしい。」と言う。翼は、「我らを防人たらしめるは血にあらず、その心意気だと信じております。」と静かに応じた。ここからも、訃堂の「血」に対するこだわりが感じられるものである。

 話をアニメ本編の内容に戻そう。再びファラの襲撃。苦戦する翼とマリア。自分の無力さを痛感する翼。そこに現れたのが八紘。「翼!歌え、翼。」

 翼「ですが私では、風鳴の道具にも、剣にも…」

 八紘「ならなくていい!」

 翼「お父様…」

 八紘「夢を見続けることを恐れるな!」

 マリア「そうだ!翼の部屋、十年間そのまんまなんかじゃない!散らかっていても、塵一つなかった。お前との思い出をなくさないよう、そのままに保たれていたのがあの部屋だ!娘を疎んだ父親のすることではない。いい加減に気づけ、馬鹿娘!」

 翼「まさかお父様は、私が夢をわずかでも追いかけられるよう、風鳴の家より遠ざけてきた…それが、お父様の望みならば…私はもう一度、夢を見てもいいのですか!」

 うつむきながら、八紘は頷く。翼はここで初めて、八紘の思いを知る。翼の「夢」は、歌手として皆に歌を届けることだ。そして現在、翼はプロの歌手としての活動も行っている。翼は「幼い頃にはこの部屋で、お父様に流行歌を聞かせた思い出もある」と言っていた。当時から翼が歌手を目指していたということ分かる。翼のその夢を知った八紘は、あえて厳しいことを言い、家から翼を遠ざけていたのか。更に、散らかったままの翼の部屋。散らかったまま塵・埃だけを払っていたというのはなかなか器用だと思うが、あの部屋をそのままにすることこそが「親子」の結びつき、思い出を感じられる唯一の場所だと八紘は思っていたのだろう。

 そして翼は、「貴様はこれを剣と呼ぶのか、否!これは、夢に向かってはばたく翼!」と言い、ファラを撃破する。これが、シンフォギアGXの第9話だ。

 ここで、公式サイトの用語集を見てみよう。

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 「八紘もまた、穢れた風鳴の血の被害者である。娘の出生時に八紘は、憎悪にも似た複雑な感情をいだくが、それでも娘に「翼」と名付ける。人の道に外れてなお、国防を最優先と唱える父・訃堂への叛逆として、風鳴の因習に囚われない自由を意味する名前を娘に贈ったのは、不器用ながらも娘の幸せを願う父親としての想いからであった。」

 

 崇徳院の叔父子説は、事実かどうか確認できない。しかし、シンフォギアでは、この書き方であれば翼の実父は訃堂だというのは事実なのだろうか。八紘は、出生時既に翼の出生の秘密を知っていた。しかし、それに対する「叛逆」として、八紘は「翼」という名前を授けたのだ。翼に厳しくあたるようになったのは、自分の子ではないこんな汚れた娘を置いておきたくないという思いではなく、家から遠ざけること=家の因習にとらわれず、翼の夢を叶えられることに繋がる、という思いからであった。

 この点、崇徳と鳥羽とは対照的と言える。鳥羽は自分の死後に兵乱の起こることを警戒し、武士たちの招集を決めていたのだ。そこで、なぜ崇徳が嫌いかという理由を「崇徳が自分の子ではないから」という点に結びつける。これが叔父子説を利用した読み解きだ。叔父子説が事実かどうかは別であるが。

 鳥羽と崇徳の不和の理由としては、前の記事に書いた「皇太弟」事件が挙げられる。『保元物語』では、叔父子説をにおわせる記述はないとも書いた。では、物語では、二人の不和の原因をなんと書いているか。物語の語り手は、「先帝コトナル御ツヽガモ渡ラセ給ハヌニ、ヲシオロシ奉ラセ給フコソ浅増ケレ。カヽリケレバ、御恨ノミ残ケルニヤ、一院新院父子ノ御仲、不快ト聞コエシ。」と言っている。前の記事で取り上げた、崇徳の近衛天皇への譲位を受けての記述だ。「先帝」及び「新院」は崇徳。「一院」は鳥羽である。

 また、物語内で崇徳は「当腹ノ寵愛ト云計ニテ、近衛院ニ位ヲ押シ取レ」と述べている。自分が譲位させられたのは、やはり鳥羽が美福門院を寵愛しており、新しく近衛が生まれたことが理由である、思っていることがうかがえる。ここまでを素直に読めば、鳥羽院は寵姫である美福門院から近衛が生まれたことを喜び、即位を進めたと解釈できる。ここで叔父子説を踏まえれば、崇徳が実子ではないと確信した鳥羽が、彼を排除するために急いで近衛に譲位させたとする解釈も可能となる。やはりこの説を採用するかしないかで、読み解き方が大きく変わってくるのだ。少なくとも『保元物語』はこの説を採用していない。もし叔父子説を物語においても取り入れる(意識する)なら、待賢門院璋子についても当然触れる必要があろう。しかし、名前すら記されていない。物語では叔父子説に触れないため、既に故人である璋子(1145年没)はなおさら登場させる必要性がないのであろう。

 ただ、「政治工作説」を唱える美川圭氏は、叔父子説を鳥羽院が信じるのは、崇徳の譲位前ではなく譲位後であるとの説を示している点も留意されたい。

 余談であるが、この後、シンフォギアGXの最終話(13話)では、戦いを終えた翼とマリアが、歌手活動の拠点であるロンドンへと飛行機で飛び立っていく。飛行場の側で、弦十郎は「見送りもまともにできないなんて、父親失格じゃないのか」と兄である八紘に聞き、八紘は「私たちはこれで十分だ。」と応じる。そこまで来ているなら会ってやれという思いである。とことん不器用な人なのだ。

 さて、最後に話を整理しよう。前回の記事の内容を踏まえ、人物を当てはめていく。訃堂=白河法皇、八紘=鳥羽院、翼=崇徳院。叔父子という呼称=汚れた風鳴の道具。シンフォギアの設定を当てはめて示すと、「白河法皇は存命中に鳥羽院を後継にせずに、実は自分の子である崇徳院を後継指名した」という話にでもなろうか。なお、史実では、白河法皇は21歳の鳥羽を退位させ、5歳の崇徳を即位させるということをしている。

 歴史にもしもはないと我々は知っているが、もしも、鳥羽が崇徳を実子ではないと知っていた(またはそういった流言を信じていた)うえで、それでも八紘のように崇徳を思いやる気持ちを持っていたら…保元の乱は起きなかったのではないだろうか。政治性、権力の絡む話である以上、それは難しいか。

 シンフォギアGXでは、翼の他にも響、クリス、キャロルの親子がそれぞれ描かれる。この作品のイントロダクションには、「これは、コワレタモノを修復する物語」と書かれている。最終話のラストも、主人公である響の父と家族の和解が描かれて終わる。娘を捨てた親、娘を残して死んでしまった親。その人たちが、娘たちに対して思うこと、伝えたいことは何か。そして、娘たちが忘れていたこと、誤解していたこととは。「コワレタモノ」とは「親子の絆」という解釈ができるかもしれない。

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 ちなみに、『保元物語』では、鳥羽・崇徳父子の和解のようなものが描かれている。物語では、崇徳は鳥羽が崩御すると、喪が明けぬうちから挙兵の準備を始める。そして挙兵に至るが、敗北。崇徳は讃岐国へ配流となることが決まった。この時代の配流について、元木泰雄氏は、『保元・平治の乱』の中で、次のように述べている。

 「この時代の配流には、奈良時代までとは異なる意味も付加された。平安京は恒久的な王権の所在地であると同時にケガレからも隔離された清浄の地であった。京から畿外、七道にいたるにつれて、夷狄、化外の地に近づくことになる。京を離れることは当時の皇族・貴族には忌避すべきことであり、(中略)その京を王権の中心であった人物が放逐される。これ以上の屈辱などあろうはずがない」

 

 崇徳は、都を離れる前、次のように申し出る。「故鳥羽院のお墓に参って、最後の暇乞いを申したい。」しかし、それは認められなかった。そのため御車を鳥羽院の墓のある安楽寿院の方へ向けさせ、「御涙二咽バセ」なさったという。これには崇徳を護送する役の重成も、涙で袖を濡らしたという。崇徳は全てを失った。そして最後の心残りは、父の墓参りなのであった。『保元物語』は、鳥羽を聖人・その治世を聖代として描きたいという作者の意図がある。しかし、それでもここにあるのは、親子の情というものである。