憂きまど

タイトルは「憂き事のまどろむ程は忘られて覚むれば夢の心地こそすれ」より。某大学国文学修士の人が趣味丸出しでおくる、アニメや小説の感想を中心になんでも。超気まぐれ更新。読んだ本はこちら→https://bookmeter.com/users/337037 Twitterは→@konamijin

『さよならの朝に約束の花をかざろう』こと「さよ朝」のスタッフ座談会本から再考するレイリアとメドメル

 さて、今回はさよ朝考察の補足である。前回の感想、考察に関しては、以下の記事を参照していただきたい。 

konamijin.hatenablog.com

 

 前回の記事でも言及した、「スタッフ座談会本」を読んだ。本とはいっても、数ページの小冊子である。監督・脚本を担当した岡田磨里さんたちが、制作現場の話などを自由に語り合っている。今回は、これをもとに自分が思ったことなどを書いていく。

 その中に、レイリアとメドメルの最後の場面に言及されている部分がある。メドメルの姿を見たレイリアは、なぜ飛んだのか(この辺りの概要は、前回の記事で詳細に書いているので参照していただきたい)。

 私は、「きっと作者は答えを持っている。そうでないと、なぜあえてああいった描写をしたのかという意味が不明確となる。」と書いた。この場合、「作者」は脚本の岡田さんということになろう。座談会の中で、堀川憲司さん(プロデューサー)、平松禎史さん(コア・ディレクター)のあの場面に関する意見を聞いていた監督の岡田麿里さんは、こう述べている。

 

どうしよう。私なりの答えはあるんだけれど、ここでは言わない方がいいのか(笑)。

 

 やはり、岡田さんは自分なりの答えを持っているのである。その答えは、座談会の中では語られていない。一方で、岡田さんは、こうも述べている。

 

普通であれば、一つのシーンでここまでそれぞれの受け取り方が違うって、アニメ作品としては問題だと思うんです(笑)。でも、枠にとらわれずに描いてみたかった感情を描いたら、こうなってしまって。」

 

 なるほど。「受け取り方」、すなわち答えは観た人それぞれが抱いたものでいいということだろうか。あまりにも突拍子もない解釈は「違う」だろうが。岡田さんの「答え」が、いつか語られる日が来るのだろうか。

 

堀川さんの解釈

 では、最初に先述の堀川さんの意見を見てみたい。堀川さんは、レイリアは塔に登ってきた時点で、最初から飛び降りて死のうと覚悟を決めていたと考える。そして娘(メドメル)を見て「会えた」と納得した後で駆け出した(自殺しようとした)としている。しかし、なぜ会えたことに納得してそのまま死のうと思ったのか(マキアの乗るレナトが拾い上げに来ることは知らないという解釈)、そしてマキアの乗るレナトに救われた後に、なぜ「娘を切り捨てて、自分は新たな道を行くという」感情になったかが、「まだ分からない」と述べている。

 ここで私の意見を述べたい。前回の記事で、レイリアがメドメルのいる塔にたどり着いた点について、「彷徨い歩いた末の偶然か、あの後イゾルがメドメルの居所を知っていて、教えたのか」という解釈(想像)を提示した。なるほど、堀川さんの言うように最初から死ぬために訪れたという考えは私にはなかった。死ぬつもりであるなら、戦死した兵士たちの剣でも拾って自らを刺せばいいのではないか。レイリアは、腹の赤ん坊を尖った髪飾りで刺す素振りをみせたことがあったし、そういった死に方ができないというわけでもなさそうだ。それに、かつての恋人・クリムの誘いを断ってまで、彼女は娘に会うことに執着した。そんな彼女が、娘の顔を見る前に死のうとするだろうか。メタなことを言えば、あそこでレイリアとメドメルが最後にめぐり合うのは展開の都合上必要な場面ではあるのだろう。やはり、レイリアはメドメルが王宮のどこに住んでいるかを知っていた、もしくはイゾルに教えてもらった。それで、あの塔に行けばもしかしたら会えるかもしれない、という最後のかすかな希望を持ってあの場所に向かったのではないか。メドメルは王族であるため、本来であれば国王と皇子とともに退避していてもおかしくないのである。しかし、メドメルはどうするかと問う兵士に対して、父親である皇子・ヘイゼルは「ええい、あの忌まわしい化け物(レイリア)の子など捨て置け」と言った。ヘイゼルに、父親としての娘を思う気持ちが少しでも残っていれば、メドメルはあの塔にはいなかったはずである。レイリアが最初から娘の顔を観たら飛び降りて死のうと思っていたのか、会えなくても飛び降りようと思っていたのか、までは分からない。

 しかし、レイリアは、あれで本当に「納得」して死のうと思ったのだろうか。これ以前の時期に、レイリアは「(メドメルの)匂いも抱き上げた時の柔らかさも忘れかけてる」と狂気に取りつかれたような表情を見せた。それならば、最後にせっかく会えたのだから、成長した娘を抱きしめてあげればいいではないか。それこそが「匂い」を感じるための方法だ。マキアとエリアルの場合、マキアはエリアルの匂いを「お日様の匂い」と表現し、少し成長してもやっぱり変わってない、と言う場面がある。レイリアも、メドメルを一度抱きしめてあげれば、その匂いから、成長してもやっぱり自分の娘だ、と感じることができたのではないか。それとも、レイリアのあのセリフからまた時が経っているため、彼女は完全に娘の匂いを忘れてしまった。ゆえに、娘の匂いを感じるという行動をする(抱きしめる)ことはしなかったのか。

 

平松さんの解釈

 平松さんは、「あそこはマキアの声が聞こえてきて、背中を押されるかたちで駆け出す(※レイリアが、執筆者補足)演出」になっていると指摘している。すなわち、レイリアは今の自分を全てを捨て、再びマキアと一緒にイオルフの民として生きようとして飛んだのだと。確かに、「私は飛べる」と、活力のようなものも感じさせる声と演出にも見える。

 一方で、先述の堀川さんは、マキアに助けられたレイリアの表情が「キョトンとしてる」という点や、レイリアの声が「マキア?」と疑問形になっているという点に着目し、レイリアはマキアが助けに来ることを知らなかったと考える。だから自殺なのだと。確かに、レイリアの反応に関しては、私も堀川さんと同じ印象を受けた。その声から、レイリアは意外そうな反応をしているように思う。

 レイリアの「飛ぶ」という行為は、物語の序盤で川の流れに向かって崖から飛んで笑っていた、怖がって飛べないマキアに「弱虫」と言っていた、かつてのレイリアの姿を思い起こさせる。そして、メザーテに捕らわれた後、彼女は竜のレナトに対して「あなたは翼があるのにどうして飛んで行かないの。弱虫」というようなセリフを言っていた。レイリアにとって「飛ぶ」という行為は、「自由」の象徴だと言うことができるのではないか

 最後の場面に話を戻そう。レイリアは、自分はイオルフの民で云々、という話をした後に飛ぶ。彼女は再び自由を取り戻す=かつての生活に戻る、という意図で飛んだとも考えられる(平松説)。一方で、昔を思い出すと共に、ここで全てを終わらせて自由になろうという意図で飛んだ(堀川説)とも考えられる。どちらにも解釈が可能なのだ。

 少し話題を変える。他に、平松さんはレイリアのメドメルに対する「私のことは忘れて。私も忘れる」というセリフを、メドメルがしっかり聞いているように描くかどうかで迷う、と述べている。そのうえで、メドメルが母のレイリアについて「お綺麗な方なのね」と言う点に注目し、「忘れて」と聞こえているのに(親子の縁を切られたのに)そう言うか?という点を不思議に思っている。

 レイリアは、レナトの上から大声で叫ぶように「忘れて」と言っているので、恐らくメドメルにも内容は聞こえていると思う。前回の考察でも述べたが、メドメルは「母親」というものがどういったものか、漠然とは知っている。しかし、実際にその人(レイリア)に触れた、愛情を感じたことがほとんどないので、母親ってどんなものなんだろう、という本質が分からないのではないか。今回めぐり会うまで、母親の顔も知らなかった(レイリアの姿を見たメドメルが、開口一番に「誰?」と言っている)。ゆえに、「自分を生んでくれて、大切に思っていてくれた人」ということはなんとなく伝わった。しかし、母の愛というものを知らない彼女は「名残惜しい」という感情にはならなかったのではないか。最後に会えてよかった。ただ、一緒にはいられなかったというこれまでと同じ状況に戻るだけなのだ、と思ったのではないか。まだ小学生くらいに見える子供がここまで考えられるかは疑問ではあるが。

 

石井さんの解釈

 最後は石井百合子さん(キャラクターデザイン・総作画監督)の意見である。石井さんは、レイリアとメドメルの邂逅について、以下のように述べている。

 

「あそこでメドメルと出会った時は「終わった」という顔を描いたんですよ。自分の娘を見て自分と大して変わらない子が立っていたら「終わった」ってなるじゃないですか(笑)。」

 

 レイリアは不老であるため、姿が変わらない。しかし、メドメルは同じ特質を宿していなかったため、成長する。レイリアは赤ん坊の頃の彼女の姿しか知らない。前回考察したように、「私はメドメルに会えなくて母親として何もできなかったし、彼女ももう母親というものを必要としていないんじゃないか」という思いになった、ということだろうか。

 

 以上、少ない情報の中から、色々と膨らませて考えてみた。岡田監督の言うように、同じ場面であっても本当に観る人によって解釈が変わってくる作品である。本作を観た方は、あの場面を自分はどう感じただろう、とぼんやり考えてみて欲しい。