憂きまど

タイトルは「憂き事のまどろむ程は忘られて覚むれば夢の心地こそすれ」より。某大学国文学修士だった人が趣味丸出しでおくる、アニメや小説の感想を中心になんでも。超気まぐれ更新。読んだ本はこちら→https://bookmeter.com/users/337037 Twitterは→@konamijin

『さよならの朝に約束の花をかざろう』こと「さよ朝」の長いネタバレ感想的なもの

 『さよならの朝に約束の花をかざろう』を観た。先月末ごろから公開されている作品だが、やや遅めの鑑賞となった。TwitterのRTなどで流れている情報を見て、茅野愛衣さんの演技がちょっとすごいということで興味がわいた。公式サイトでキャストを見てみると、他にも沢城みゆきさんなど、シンフォギアシリーズで馴染みのある人たちが多く出演している。ネギまでおなじみ佐藤利奈さんなどもいる。これは声豚としてもぜひ見ねばならない。

 全部ではなく個人的に気になる部分、流れを様々にコメントを交えて語っていく。ネタバレも大いにあるがお付き合い願いたい。

 そもそも自分はファンタジー作品に何となく苦手意識を感じていた。決して嫌いなわけではないが、世界観に入り込めない、人物のカタカナの名前が覚えられないのではないかという思いから自然と避けていた。しかし、去年観た『終末なにしてますか?忙しいですか?救ってもらっていいですか?』はいかにもラノベ的タイトルのファンタジーだがとても面白かったし感動した。原作も買うようになり、ファンタジー作品に対する苦手意識も多少は薄れたように思える。

 前置きが長くなった。一回目の鑑賞時は最初こそ「全員金髪で同じような服装をしていて見分けがつくのだろうか」という思いなどがあった。しかしだんだんとストーリーや人物を把握できるようになっていき、戦闘場面とディタの出産の場面とが交互に映る場面にハラハラし、泣きそうになる場面もあったがどうにかこらえた。一回目、二回目ともに涙をぬぐっている他の観客が見えた。

 二回目は特に個々の声優の演技と細かいセリフに注目した。マキアがミドに髪を染めてもらう場面(息子ということにしているエリアルと同じ色でなければ変だと思われるからだろう)なども確認できた。最初はただ洗ってもらっているだけだろうと思っていたのであった。そして何より、二回目の鑑賞はレイリアとメドメルの最後の場面をもう一度見たかったという思いがあった。全体のストーリーなどは公式サイトをみてもらいたいが、「母と子」が大きなテーマと言える。

<マキアとエリアルと不老>

 エリアルは賊に襲われた村の名も知れぬ母親が抱きかかえていた赤ん坊であり、マキアは本当の母親ではない。しかし、「母親としての自覚」を求められたりして、母親として振舞おうと頑張っていく。マキアも両親がおらず、一人ぼっちであると感じていた。なぜ他のイオルフの民の仲間たちには親がいて、彼女にはいないのかは謎である。

 彼女の一族は不老。序盤にミドの家で暮らしていた時期、高齢の飼い犬が死んでしまい、夜にみんなで埋葬をするという場面がある。そこではラングの弟(名前を忘れてしまった)が「母ちゃん(ミド)もいつか死ぬのか?」といったような質問をなげかける。漠然と、自分も、家族も、いつか死んでしまう、死ってなんなんだろう、ということを子供の頃に考え、眠れなくなったという人もいるだろう。ラングの弟もその点を考えるきっかけになったに違いない。マキアとエリアル、当然ただの人間であるエリアルの方が先に死ぬ。マキアはそのことを思い涙するのだが、それは不老ゆえの悲しみのようなものだ。子が親より先に死ぬのは不幸だと昔現実世界で誰かから聞いた記憶があるが、作中ではそれが定めなのである。「別れの一族」とは、人間と交わると必ず人間の方に先に別れが訪れてしまう、ということなのか否か。

 エリアルは最初は母に甘えていたが、だんだんと大人になるにつれて、マキアと一緒に寝なくなったり、マキアに対して「おい」「ちょっと」などといった呼び方をするようになったりしたということが語られる。思春期特有のアレである。そして酒を大量に飲まされ泥酔して帰ってきたエリアルは「いつまでも子ども扱いしやがって」「あなた(マキア)のこと、母親だと思ってないから」と言ったりしてしまう。個人的にこれはさすがに言ってはいかんだろう、という思い。別の日、大人になったかつての兄貴分・ラングに対して「どうしてあの人がこんなに自分のことを大切にしてくれるのか分からない」と涙する場面があったが、ここは特に印象に残っている。本当の母ではないのにどうしてそこまでしてくれるのか、というニュアンスも含まれているだろう。エリアルの心の葛藤、そして親が子を思う気持ち。二人の親子の結末などは多くの人が考察しているだろうから、あとはそちらに譲りたい。この辺り、子供を育てた経験のある母親が観たらどういう感想になるのか非常に興味がある。マキアの気持ちが一番わかるのは、きっとそういう人たち。

<メザーテ国とバイエラ国、戦闘描写>

 さて、私は歴史や政治ネタが大好きなので王国などの設定に色々と注目してしまった。大砲を積んだ木造の軍船や甲冑の騎兵、銃剣などが出てきているので、装備としてはそこまで新しくはない。中世ヨーロッパのようなものだ。メザーテの国王はいかにも無能そうだ。しかし、悪政を敷いているわけではないようで、演説の際は多くの国民が歓声を上げていたし、国民の生活水準も決して低くなさそうだ。メザーテは「レナト」と呼ばれる古より伝わりし伝説のドラゴンを複数飼っているため、その影響で周辺国よりも優越している。逆に言えば、彼らの権威を保っているものはそれしかない(だって王様無能そうだし)。そのレナトが赤目病という暴走状態になって最後は死んでしまう病気(どういう経緯で発症するのかは語られないので予想するしかない)で数が減っていく。それはイコール国の優越を失う、ということだ。

 これはまずいということで、メザーテ国はマキアたちイオルフの民の村を襲い、女を皇子・ヘイゼルと婚約させて不死の血を入れ、新たな伝説を王室に迎え入れようとする、というのが今回の物語のそもそもの問題の発端だ。この皇子も結婚記念パレードの際にレナトに恐るおそる乗ったりしていていかにもおぼっちゃん、とても無能そうだし出番があまりない。大砲を製造している職人たちにも「あの皇子に軍の指揮がつとまると思うか?」などと言われる始末である。

 マキアと同じイオルフの民であるレイリアが子を産む役にさせられる。しかし生まれてきた娘(メドメル)は全くレイリアの特徴を宿していなかった。このあたりに関しては、後述する。

 レイリアの元恋人であったクリムは、終盤でメザーテ国から彼女を取り戻すべく、「バイエラ」という国を動かすことに成功する。他の二カ国と合わせて連合させ、メザーテに侵攻させるのである。一部の人たちが(自分も)大好きな連合軍である。メザーテはレナトの力で権威を保ってこられたが、それを失い今度はイオルフの民という別の伝説の力を利用し、権力を維持しようとしていた。「強大な力を持つ者は、その力によって身を亡ぼす」というメッセージ性があるように思う。イゾル(メザーテ側の偉い騎士)も言っていたが、いにしえの力(メザーテにとって権威・権力であったはずのもの)をメザーテが悪用しているという大義名分で、バイエラの連合軍は侵攻を開始する。自分たちの持つ力が、結果的に滅亡の原因を作ったのである。クリムがレイリア奪還のためにバイエラを利用したという側面もあるだろうし、逆にバイエラが「なんてひどい連中だ!許せない!」というような大義名分を欲していたという側面もあるだろう。両者の利害が一致したのだ。恐らくバイエラも侵攻のための「大義名分」が欲しかったに過ぎず、メザーテのレナトの数も減っているし…これまで自分たちに優越していた彼の国を亡ぼす好機、今度は俺たちの覇権だ!程度の考えだろう(バイエラの兵士たちの略奪の場面なども描かれていないため、もしかしたら本当に正義の軍だったのかもしれないが、作中で「バイエラの軍が峠を越えた」といったセリフがあったため、以前からメザーテとは対立関係だったのだろう)。この辺りがいかにもな国同士の主導権争い、といったところ。ちなみに、バイエラの国王のような人物はメザーテと比べてかなり有能そうな見た目をしていた。

 そして、バイエラ連合軍による攻撃が夕方から始まる。艦砲射撃、船からは銃剣を装備した兵士の上陸部隊、一方では地上部隊として騎兵隊がメザーテを目指して侵攻してくる。ただ憎きメザーテの都を火の海にしてやる、というような考えではなく、しっかり地上部隊を送り込んで占領してやるという意思を感じる。剣を抜き放ち、草原を駆けるバイエラの騎兵隊の進む先に、煙が立ち上るメザーテの王都が見えるという構図、これが実にかっこよかった。話は変わるが、「構図」という点でいえば、マキアが赤目病を発症して飛ぶレナトにヒビオルの布でしがみつきながら朝日に映えるという構図、あそこも非常に美しい。この二つは一度目に観た時から特に印象に残っている絵である。

 それにしても彼の国、宣戦布告なしでいきなり砲撃してきたのだろうか。メザーテの兵士たちも「えっ、敵がバイエラ以外の国からも来てるの!?」という反応であったし、恐らくしてないのだろう。あんなにドカドカ砲弾を撃ち込んで、メザーテの一般市民は大丈夫なのかという思い。逃げ惑う市民の姿などは描かれていない。しかし、ディタがその日も普通に生活していたので、ある種の退避命令のようなものも出されていなかったようだ。やはり突然の攻撃なのか。しかし、メザーテも大砲を多く鋳造させていたし、戦争準備はしていたように思える。メザーテ側は騎兵には銃撃で応戦し、結構倒しているように見えたが、結局突破されていく。これ以降の戦闘描写もかなり見ごたえ、躍動感があった。両軍死屍累々、といった印象を受けたが、メザーテが劣勢。武器の質などは特に差がないように見えるが、やはり一国と連合軍という兵力差の問題か。一方で、わずかな兵士を連れ、地下道を通ってどこかに行こうとする国王と皇子。頭を抱える国王。砲弾を避けるための壕かもしれないし、外に逃げる地下道かもしれない。偉そうだった大臣たちは真っ先に逃げ出したというし、この国本当にダメすぎるだろうという思いである。「メドメル様はいかがいたしましょう?」と問う兵士に対して皇子は「ええい、あの忌まわしい化け物(レイリア)の子など捨て置け」といったような表現を使う。レイリアは不老で外見も変化しない=化け物ということだろうが、とことん屑である。この国王と皇子がどうなったのかは最後まで語られていない。どこかに落ち延びたか、捕縛されたかは想像するしかない。観た人を「ざまあみろ」というすっきりした気持ちにさせたいなら、彼らが捕縛されるといった描写も必要だろうが、作者にそういった意図はなかったのだろう。

 メザーテの城の門の大橋が砲撃で降り、突撃するバイエラ軍と、待ち構えていたイゾル率いるメザーテ軍。大人になったエリアルもメザーテの兵士として戦う。はじめはマキアから離れるために一つの逃げ場所として兵士に志願した彼だが、いつしか同僚に仲間意識のようなものが芽生えるようになっており、自分で見つけた居場所を守りたいと答える。確かに彼は負傷兵を抱えて退避してきたりしており、そういった意識のもとで戦っているのは間違いない。しかし、このメザーテこそが全ての悲劇の発端なのだが…それを知らない彼はあくまで素直だ。日が昇った頃にはメザーテの首都が陥落し、歓声が聞こえてくる。そしてバイエラの兵士が、メザーテの旗を支えるロープを次々に切っていく場面がある。一晩で陥落してしまったということだ。現実世界では独裁国家にて、民衆が独裁者の銅像をひき倒したりする場面を見たことがある人も多いことだろう。それとは少し異なるが、似たようなものだ。まさにメザーテの「敗戦」を象徴する場面と言える。イゾルも縛られているのが見えたが、あの後どうなったのだろう。そのまま処刑されたのか、許されバイエラに仕えたのか。ここも想像に任されている。

<レイリアとメドメル親子、そして元恋人・クリム>

 ここは時系列順にあらすじも交えつつ追っていきたい。レイリアは、マキアの友人で同じくイオルフの民(不老)だ。天真爛漫といった印象の子で、クリムと仲がいい。クリムは「やれやれ」といった感じを出してはいるが、彼女に気があることは明白である。夜に二人で会って、レイリアの髪に紫の花をつけてあげたりしていた。あの花にはどういった意図があったのだろう。単なるプレゼントなのか。

 彼女はゾル率いるメザーテに捕らわれ、前述のとおり王室にその不老の血を入れる為ということで皇子・ヘイゼルの子を孕む。多くいるイオルフの民の中でなぜレイリアが選ばれたのかは不明である。長老なども本当にあの後お亡くなりになったのか。レイリアはレナトのいる場所に一人で行き、「なぜあなたは飛んでいけるのに行かないの、弱虫」といったセリフを呟く。序盤に彼女がマキアに対して「弱虫」と言ったことを思い起こさせる。そして、王が呼んでいるというイゾルに対し、「イオルフの塔を思い出すから」私はここにいると答える。まだかつての生活への思いが断ち切れないのである。

 そしてクリムは婚姻記念パレードを混乱させ、彼女の奪還を試みる。皇子の乗るレナトの脚を一刺し。颯爽と馬で助けに入るイゾル騎士、かっこいい(まず顔が有能そうである)。一方ではマキアが混乱に乗じて反対方向にいる着飾ったレイリアを救出。一人護衛の兵士が気づきそうだったが、誤ってぶつかったふりをして注意をそらしたのも同じイオルフの仲間だろう。現地に前日の夕方着いて、その翌日に決行というハイスピードだが、それまで綿密に計画をしてきたのだろう。

 さて、ここが一つの注目ポイントである。レイリアはマキアに対して、一緒には行けないと言う。そしてマキアの手を自分のお腹に持っていく。マキアは察する。イゾルたちの追っ手が迫る。レイリアはマキアを逃がし、腹に尖った髪飾りをあて、イゾルにこれ以上の追跡を断念させる。ここではまだ、レイリアに「母親としての愛情」のような感情はないのではないか。こんなことになってしまって、もうかつての恋人であるクリムに顔向けできないという思い。そして仲間の元にも戻れないという思い。腹の子を刺すそぶりを見せるという行動にあるのは、仲間(マキアたち)を守りたい(逃がしたい)、こうすれば手出しできないだろう、という思いだけだろう。よって、この時点ではまだお腹の中の子に対する愛情はまだ芽生えていないといえる。

 時が経ち、レイリアの娘・メドメルは小学生くらい?の姿になっていた。話し方や目などもどこかぼんやりとしていて、髪色なども母親に全く似ていない。母親の話を少ししようとするが、すぐに口をつぐむ。この点、漠然と母親のことを覚えているのか、手に持っていた本の物語の世界で母親というものを改めて知ったのか。彼女にイオルフの民に見られる身体的特徴がないと知った国王は困り、皇子もレイリアへの興味を失っているという。国王の「おお哀れなヘイゼル!他の女でもあてがってやれ!」というセリフ、無能そうな上に親バカまで加わってきた。このあたりの話を聞いているイゾル、何とも言えない表情。一方、装飾類を引きちぎり、「娘に会わせて!」と荒れるレイリア。この親子が会うことはなぜだか分からないが許されていないようだ。レイリアの匂いまで忘れかけてる、というセリフから、メドメルが幼い頃は会えていたようだが、今会えない理由は最後まで語られないのでここも想像に任されているのだろうか。私見だが、メドメルがある程度成長するまで、レイリアはイオルフ特有の身体的特徴が出るかどうか見守ることを許された。最初は娘(姫)の誕生を誰もが喜んでいた。しかし全くその特徴がなかった。あの母子、殺すわけにもいかないしどうしたものかと考えられた末に、ある種の懲罰として二人を分けて住ませている、といったところか。レイリアの「どれだけあなたたちは私から奪うの!」というセリフを受け止めるイゾル。イゾルはレイリアをさらってきた男であり、そのまま彼女に仕えている。あの婚姻パレード以降、密かにレイリアを助けるべく潜入してきたクリムらを、駆け付けたイゾルは斬り捨てたことがある。(クリムは逃げたが、レイリアは彼も死んだと思っている)マキア以外はみんな死んでしまい、いよいよ自分は一人ぼっちになってしまう。心を許せる相手は、もはや娘・メドメルとマキアだけなのである。ここのレイリアの狂気の演技は必見である。私としては、ある種の政略結婚のような形で不本意ながら生まれた子に対して、そこまで愛情を抱けるものだろうかと思った。しかし、それが母というものなのだろうという思いも同時に抱いたのである。

 そして終盤。先述の通り、クリムはバイエラを動かし、メザーテとの戦争状態を作り出す。そしてメザーテにマキアを連れて(別行動になるが)乗り込んでいく。王宮で一人歩くレイリアに対して、一緒に来るように言うクリムだが、レイリアはまだ娘に執着している。クリムはそれならもう終わらせようと松明を放り、何もかも焼こうとする。彼も正気でいられなくなったのである。レイリアに拒絶(とまではいかないかもしれないが)され、生きる意味がなくなったのだ。クリムはイゾルの銃撃を受ける。そして瀕死の状態でレナトのいる場所の近くまで行き着く(レナトを解き放って暴れさせたりするのかと思ったがそんなことはなかった)。そこでの最期のセリフが印象的である。「なぜレイリアもマキアも時を進めた…」自分(クリム)はあの楽しかった頃に戻りたい、レイリアを取り戻したいという思いだけで年月を過ごしてきた。だから、その間、エリアルを愛し、新しい生活を楽しんでいたマキアを恨めしいとも思う。そしてかつての恋人・レイリア。望まぬ子であったはずなのに、国も滅亡しそうなのになぜまだその子に執着するのか。理解できない。そうした感情から、最後のセリフにつながるものと考えられる。「何もかもリセットして、またみんなであそこで楽しく暮らせる(時を戻す)はずなのに、なんで君たち二人は時を進めたんだ」と。

 そして最後。自分もさまざまな考察を見ていたが、最も意見が分かれる場面である。スタッフの座談会本は読んでいないが、その中でも意見が分かれているらしい。これも見る側にゆだねられているのか。高い建物の屋上のような場所にいるメドメル。付き従うは中年の女性(乳母?)のみ。そこでメドメル、下に降りたらこれまで(王宮)とは違う生活だけど私は生きていける、といったような発言をする。これは飛び降りるという意味(『平家物語』の波の下にも都がございますのような)かとも思うし、投降して庶民として暮らすという意味ともとれる。子供で女性なので処刑は免れるだろうか。個人的には後者ととらえたい。そこにふらっと現れるレイリア。なぜ彼女がこの場所に現れたのかも不明である。彷徨い歩いた末の偶然か、あの後イゾルがメドメルの居所を知っていて、教えたのか。そしてレイリアの姿を見たメドメルは、「誰?」と言ってしまうのである。付き従う女性は「レイリア様…」と驚き、それによりメドメルも彼女こそが自分の母親であると知り驚く。その後、レイリアは自分はイオルフの民であるという趣旨のことを話し、「飛んで!」というマキアの声に導かれ、レイリアは城壁から飛び降りるがマキアの乗るレナトに救われ、「私のことは忘れて!」などとと言い、涙ぐみながらも飛び立っていく。このレイリアの突然飛ぶという行動、それこそが意見が分かれる部分である。マキアの声はレイリアの幻聴であり、マキアが飛ぶレイリアをたまたま見つけて救ったのか。そうであるならば、レイリアは娘の姿を見れたことに満足し、その生を終わらせようとしたのか。

 別の考えを提示してみよう。娘であるはずのメドメルから「誰?」と言われたレイリアは、「ああ、この子は私の娘で、私は母親で。それでも、この子にはこの子の時間が流れている。私は会えなくて母親として何もできなかったし、彼女ももう母親というものを必要としていないんじゃないか。」と感じたのではないか。そこで、「私はこれから昔のように飛び、自由に生きる。あなたと私の世界はもう交わらない。私がいなくてもあなたは大丈夫。あなたも私のことは忘れなさい。長い記憶の中で。」という思いになったのではないか。メドメルは最後、「お母さまって、お綺麗な方なのね」と言って終わる。「なにか綺麗なものを一目見れてよかった」というような印象を受ける。声からも、「なぜ行ってしまうの」というような悲しみは感じられない。ただそれが当然であるかのような声なのである。この点、絶妙だ。なぜなのか。メドメルは母親の愛情というものに触れてこなかったので、そもそも母親というものがなんなのか、はっきりとは分からなかった。でも、自分のことを思ってくれていたというのは伝わった、ということなのか。この辺りの場面はぜひ色んな人の様々な解釈を読んでみたいものである。後でスタッフ座談会本を読んでその点も踏まえて追記してみたい。きっと作者は答えを持っている。そうでないと、なぜあえてああいった描写をしたのかという意味が不明確となる。ありがちかもしれないが、メドメルを抱きしめて、これからは一緒にいよう(もしくは抱きしめてから別れる)という話にしてあげればいいじゃないということになる。

 敗戦し、縛られたイゾルは飛び立つレナトを見て、「レイリア様…」で、伝説は伝説のままに…といったようなセリフを呟いていた。彼はレイリアをああいった境遇にした張本人であり、それ以降彼女に仕えてきたため、表には決して出さないが色々と思うことがあるのだろう。最後まで「メザーテとレイリアに仕える騎士」としてあろうとした。それ以上でもそれ以下でもあるまい。それにしても、結局彼が指揮官としてどのくらい有能なのかはわからなかった。皇子を素早く助けた馬術の巧みさ、状況判断の能力に優れている、といった点は読み取れるように思うが。

<締めとおまけ>

 思ったより長くなってしまった。マキアとエリアル、レイリアとメドメルという二組の親子は対比関係にある。前者は赤ん坊の頃から生活を共にし、マキアは愛情を注いできた。ゆえに、「なぜあの人は自分をそんなに大切にしてくれるのか」と成長したエリアルが悩んだりする。後者は、ほとんど交わることがなかった。レイリアは愛情を注ぎたいが、政治的理由でそれが叶わない。同じ「親子」ではありながら、大きく異なるのである。セリフなどややあやふやな部分もあるがご容赦願いたい。以下おまけの感想。

・ディタ役の日笠陽子さんは結婚しているし、ミド役の佐藤利奈さんは結婚して出産もしている。どういう思いで収録したのか気になる。

・一回目に見た時は佐藤利奈さん、日笠陽子さんの声だと気付かなかった。自分の耳に馴染んでいた二人の声とは少し違っていたので。

・世界観や設定についてはもっと知りたかった。ディタとエリアルが再会して結ばれるまでの話なども見たかった。

・布(ヒビオル)を織ってそれで状況や気持ちなどを伝えられるという設定、文字の和歌とは違うが、それに似たものを感じた。

・エンドロールではそのまま眠りにつきたくなった。

・二回の鑑賞の中で、両方ともエンドロールの山中真紀子さんという方の名前が田中真紀子に見えてしまった。

 

 以上、長々と書いてきたが、どこか忘れられない作品の一つになった。まだ観ていないという方も、何かの機会に見ていただきたい。